溶ける月と、夏
ざざんと降ってあがった雨に佐奈は、「夏に京都なんてくるもんじゃないな。」と心底思った。アスファルトからあがる熱気に眼鏡が曇る。鬱陶しいことこの上ないと思いながら、ポケットティッシュをバッグから取り出し眼鏡を拭く。視界みたいに気持ちもふき取れたらさっさと回れ右をすることができるのだろうか…と、佐奈は思う。どうして来てしまったのだろう。夏の京都なんて、暑くて、暑くて、どろどろに溶けてしまいそうで大嫌いなのに。
たった2年の短い大学生活でも、絶対にこの場所に住むことはないなと思いながら、神戸から通い続ける方を佐奈は選んだ。大学生活さえ終わってしまえば、季節の良い、例えば紅葉の美しいシーズンに観光で楽しんだり。それがベストな場所。それが佐奈にとっての京都だったのに。何故、のこのこと来てしまったのだろう。
服だけのみならず、バッグや靴までおニューで固めてきたのは佐奈の意地だった。靴擦れを起こしかけた踵をかばいながら、佐奈は歩き始める。
「だいたい嫌な男だったわ。」思いながら佐奈は歩く。短い大学生活の一番呑気で幸福な時代にうっかりあってしまった男。京都に住み、メールは嫌いなんだよねと佐奈には告げながら、佐奈の後輩には阿呆みたいにメールを送り続けていた男。
「あれでモテるって思ってるんだからすごいよね。」
悪態をつきながら、佐奈は思う。もう通う必要の無くなったこの京都に、うだるような暑さのもとわざわざ歩いてる自分が一番阿呆だと。
一枚の絵葉書と、「渡月橋でソフトクリームでも食べようぜ。」の文字に2時間近くもかけて、神戸から来てしまった自分が一番阿呆だと、佐奈は思って情けなくなる。
京都に通い始めてからの初めての夏に、案内して欲しいとお願いしたのは観光地の嵐山で。トロッコに乗って、渡月橋でソフトクリームを食べた。あの日も選び抜いたおニューの服に身を固めてソフトクリームを食べた。暑くて、暑くて、甘いソフトクリームじゃ渇きはいえなくて、それを佐奈は恋だと勘違いしたのだ。
卒業と同時に疎遠になって、このまま終わるはずだったのに。
「だいたいどこもかしこも砂利だらけで歩きにくいのよ。」
悪態をつきながらそれでも、佐奈の痛む足は止まらない。渡月橋の袂に見えた姿に、佐奈はこのままどろどろに溶けてしまうと思った。
1000文字の恋物語(2015年まで) 叶冬姫 @fuyuki_kanou
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