痛む場所を愛して
痛いというより、熱い。
心臓の鼓動と同じリズムで、ずきずき痛みではない何かが響く。
初めて、胸が痛くなるほどの恋をしたと気がついた夜。夕子はピアスの穴を自らの手であけてみた。
独りで自分の身体に傷をつけながら、ただ、想っていた。
案外、気づかれないものね。
夕子はそう思いながら、軽く息を吐き、たった今出てきた職員室のドアを見つめる。
校則で禁止されているピアスに気づかれなかった。
耳はすでに痛みはなく、あるのは独特の違和感だけである。
真面目で、優等生で。その仮面さえかぶっていれば、気づかれない。
真っ赤なルビーのピアスの存在に誰も気づかない。
それは夕子の恋心そのものを否定されているのと同じだった。
毎朝一緒に登校するほど幼馴染みの親友にも気づかれなかった。怒られると思って行ったのに、担任は夕子の顔を見て話をいるくせに気づかなかった。
拍子抜け。拍子抜け。
自覚しろ。自覚しろ。
夕子は自分に言い聞かせる。クラスメイトに『優等生』と呼ばれ、それがそのまま陰口になっているのを夕子は知っている。
明るくて、素直で、親友が彼氏の横恋慕しているなんて誰も気がつきもしない。幼馴染みの大好きなミナ。ミナの彼氏を好きになってしまった罰として、夕子は自らの身体に穴を空けた。
ひゅうひゅうとその穴から気持ちが漏れて出て行って空っぽになってしまうのを望んで。
朝から一日の大半を一緒にすごす幼馴染でありながら、ミナは赤く血のように固まったピアスに気づかなかった。
自分の心なんてこんなもんなのだ。
誰も、誰も気づかない。
そんなミナに負けず劣らず明るくて、お調子者のミナの彼氏の晃。
ミナの晃。
自覚しろ。自覚しろ。自覚しろ。
西日の当たる教室まで戻る廊下で、夕子は自分に言い聞かせる。
夕子の想いは間違っていて、誰も認めるどころか気づきもしないのだから。
この恋は完全に間違っているのだ。
夕子が戻ってきた教室で、ミナと晃が談笑している。この二人なら教師もきちんと相手を見て話をして、注意するはずだ。
だから。
「大丈夫だったか?没収されなかったんだな」
触れてこようとするのは晃の指。気づかれないように夕子は避ける。気づかれていても嬉しくない唯一の相手だから。
「あ、ピアスしたんだ」
触れてくるのはミナの指。今、初めて気づいた小さな赤い誕生石をつついてくる。
「似合うでしょ」
「うん可愛い」
夕子の渾身の笑みを、簡単に凌いでみせるミナの笑顔に、夕子の痛みがぶり返した。
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