そして私は春を待つ
判りきっていた事だったのだ。「温めすぎた卵は孵ることはない。」なんて事は。
これから起きるはずの出来事はそんな当たり前の事だったのだ。
大事に壊れないように、温めてきた恋のつもりだった。
でも、そのまま気づかない振りをして、温め続けるのも、とても苦しかった。
思い切りのいい人なら、電子レンジで爆発させてお終いなんて方法もあるみたいだけれど。私にはできなかった。
電話が減って、メールが減って、思いやりも減って。
冬に向かう景色が車窓の向こうで流れるのを見ながら、私の意識は隣でハンドルを握るあなたに集中していた。
タイミングが掴めないまま今日もこのまま過ごすつもりなのか。それとも、この卵を叩き壊しにくるのかと。
気配を探っている自分が愚かだと思った。
そこまでするなら自分から伝えればいいのに。言葉を私に紡がせることができないほど、卵は重くなっていて。
ああ、そういえば次の約束もしなくなったね。
付き合い始めた時は週末ごと、それから落ち着いて互いの時間も大切にするようになって。三年の月日があなたにとって、長かったのか短かったのか私には知る由はない。
でも少し意識を集中して気配をたどれば、あなたが何をしようとしているのか判ってしまう。私にとっては三年とはそんな月日。
車を降りて話をしたら、私はあなたの言葉に頷くことしかできない。
そしてそれがもう哀しさとは別に、安堵する事になってしまっているのも事実。
そんな私は、もう、あなたの言葉に頷くことしかできない。
車を降りて少ない言葉を交わして、それで終わりだった。
卵は割れてしまった。
「孵るはずもない卵を、抱き続けるよりはましだった」と、思った瞬間、涙が零れた。
それでも抱いていたのは、好きだったからというのも事実だったのに。それすら伝えられなかった。
あんなに重かったものが、空っぽだったのか、空っぽになってしまっていたのか。そんな事さえ判らなくなっていたことが、ただ、ただ、哀しかった。
せめてあなたの胸にも、砕けた殻が突き刺さっていればいい。
そんな呪いの言葉を紡ぎながらただ泣くような、そんな終わりにはしたくなかったけれど。
壊れないように大切にしてきた恋の破片は、深く、深く突き刺さる。
今は無理に引き抜かず、痛みで泣くことを自分に許してあげたい。
だってもう砕けた殻しか、ここには残っていないのだから。
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