第21話 小話集
/物語をひとつ
「今日はどんなお話を聞かせてくれるのかしら」
上品に微笑む老婆を前にして、僕は磨き終えたコップを置いた。在りし日の美しさを残した顔立ちや、時の流れを宿した白髪、そして落ち着いていながらもセンスのある服装。その全てが彼女の生き方を現しているようだった。賢くなる前に、歳をとってしまってはいけない――そんな言葉を正しく理解した人生だったに違いない。
思わず自然とレディファーストを心がけてしまいそうなほど気品ある女性なのだけれど、彼女の瞳はまるで少女のようなあどけない光をもって僕を見上げていた。あるいは、冒険を前にした少年のような、だろうか。
「エレノアさん」
「なあに?」
「僕は喫茶店のマスターで、ここは喫茶店なわけですが」
「それがどうかしたのかしら」
「喫茶店に来て注文もしないで話を聞かせろとは、これ何かおかしくありませんか」
僕としては至極あたりまえのことを言ったつもりなのだが、エレノアさんはにこにこと笑って言う。
「あら。じゃあ、あなたのお話を注文するわ。それならいいでしょう」
「あー、それは」
「素敵なお話をひとつお願い、マスターさん」
僕は苦笑して、期待に答えられそうな物語を探すために記憶の本を開いた。残念なことに、僕に物語を綴る才能はない。自分で名言を吐く以外の最善の方法がそうであるように、自分で物語を生み出す以外の最善の方法もまた、引用することである。
といっても、如何に名作と言えども、さすがに一から十までは覚えていないし、長々と話すのも難しい。せいぜい、いくつかの短編と、童話で精一杯である。
「それじゃあ、今日は『灰かぶり姫』という話を」
「年甲斐もなくわくわくするわね。どんなお話かしら」
うずうずとこちらを見つめるエレノアさんに苦笑して、さあ話し始めようというときだった。
「ユウちゃん! ああユウちゃんユウちゃん! 助けてくれんか! 仕事がわしをいじめるんじゃ!」
扉を跳ね飛ばすようにしてゴル爺がやってきた。あまりの勢いに、ドアに掛けていたベルが吹っ飛んで、狙いすましたかのようにエレノアさんの頭に当たった。
しかしゴル爺は気にもかけず、カウンターに縋り付いておいおいとわざとらしく泣き出した。
「みんながわしをいじめるんじゃよユウちゃん! およよよっ、そろそろわしだって隠居したいのに、無理やり働かせるんじゃ! ひよよよよっ」
「あの、エレノアさん。大丈夫ですか」
「おお! ついにユウちゃんまでわしを無視するのかえ! この世は優しくないのう! 冷たいのう!」
うるさいなこのじいさん。早く秘書さん、来てくれないかな。
ゴル爺の声を意図的に無視していると、まるで地の底から氷河期を呼び寄せたような声音が耳朶に触れた。
「あなたは昔から、本当に私の邪魔ばかりしてくれるわね、ゴルパトリック。やはりあの時、ひと思いに冥土に送ってあげたほうがよかったみたいだわ」
誰の声なのか、僕は理解できなかった。脳が理解することを拒否していたと言ってもいい。動きの止まったゴル爺の背後に、顔に髪で影を落とし、幽鬼のようにふらりと立つエレノアさんを見てようやく、僕は現実を確かめた。
「こ、この骨の髄まで凍るような声は……まさか、エレノアか! そんな馬鹿な! あいつは10年前に死んだはずじゃ!」
「くだらない嘘ついてるんじゃないわよゴルパトリック。ただのボケ老人に見えるわ。いえ、本当にボケたのかしらね。いい歳だもの」
「それはお互いさま――って待つんじゃエレノア、洒落になっとらんぞ!」
刹那、ゴル爺は消えていた。比喩表現ではなく、文字通り、オレンジ色の魔法陣が現れたかと思えば、次の瞬間には消えていたのだ。なにこれ、どういうことなの。
エレノアさんは平然と髪を整え、ふんっと鼻で笑った。印象が違いすぎて、僕はもうついていけそうになかった。
呆然とする僕を前に、エレノアさんは椅子に腰を降ろし、何事もなかったように微笑んだ。
「さ、邪魔も消えたことだし、お話をお願い、マスターさん」
/男の季節
「平和だねえ」
「平和ですねえ」
サキトさんがしみじみと呟いた。見た目は金髪ロン毛のチャラいお兄さん風なのだが、カウンターでコップを傾ける姿はとても様になっていた。コップの中身がココアでなければもっと良いのだが、苦いものは一切だめというのだから仕方ない。
「平和、だよねえ」
「平和、ですねえ」
サキトさんがしみじみと呟いた。頭の上には小さな角がふたつある。種族名は知らないのだけれど、サキトさんは獣人だった。髪の間からちょこんと出ているそれは、むしろ可愛らしい。
「平和、なんだよねえ」
「早く帰った方が、いいんじゃないんですか」
溜まりかねて、とうとう言ってしまう。
サキトさんはがくーんと肩を落とした。
「帰りたく、ないんだよねえ」
「結婚したんでしょう? オレがあいつを幸せにしてやるんだぜって笑ってたじゃないですか」
「たしかにそう言ったけどさあ。言ったんだけど、さあ」
「うまくいってないんですか」
「うまくいってないというかなんというか」
もごもごと口ごもってしまった。結婚してみるとやはり、いろいろなことが見えてくるのだろうか。結婚までのバラ色の日々が、一転して人生の墓場になってしまったりするのだろうか。
「求婚するとき男は4月、結婚すれば12月」
「え?」
「いえ、なんでもありません。それよりも」
僕は首を振った。それから、扉を指差して言った。
「来たみたいですよ、お迎え」
/風邪にはご用心
「くしゅっ」
店内にかわいらしいくしゃみが響いた。
「風邪?」
「ん……平気」
と言うが、ノルトリの頭はふらふらと重たげに揺れているし、瞳はぼーっとしている。顔も赤い。どう見ても風邪だった。
「ほら、ちょっと額だして」
「む……」
「なんで避けるかな」
「乙女の意地として、必要かな……と」
「そういうのはもう少し大きくなってからね」
「だいじょぶ……へいきくしゅっ」
「はいはい」
ノルトリの前髪を上げて、額に手を当てる。少し熱いような、けっこう熱いような。そういえば獣人の体温って人間を基準にしていいのだろうか。むむ、っと悩んでしまう。猫耳がぴくりと動き、ノルトリが鼻をすする。たぶん、風邪だとは思うのだけれど。
あやふやに判断しつつ額から手をはなした。
「よし、風邪ってことにしよう」
「ユウに決められても……」
「ごもっともな意見だけれど、却下。風邪は引き始めが肝心だからね。栄養のあるものを食べて、暖かくして寝るべし」
ノルトリはかすかに首を振る。
「……食欲、ない」
「ちょっとは食べないとだめ。おかゆは味気ないから、卵雑炊にしようかな。すぐ作るから待ってて」
「……ん」
こくりと頷くが、とてもふらふらしている。椅子に座ったままはキツイのではないだろうか。
「今日もお母さん、遅いの?」
「……ん」
「そっか」
ノルトリのお母さんは遅くまで働いているので、ノルトリはたいていここにいて、お母さんが迎えに来るのを待っているのだった。
「横になる?」
「……んー、ん」
どっちだ。
面倒になったので、問答無用で引っ張っていくことにした。ふらふらと危ういながらも、歩けるだけの元気はまだあるようだ。そのまま、二階に続く階段横の小さな部屋まで引っ張っていく。酒場時代の名残で、元々は酔いつぶれた客を放り込んでおく部屋だったものだ。家具はベッドとテーブルくらいしかない。
ベッド前まで連れて行くと、ノルトリは自動で靴を脱ぎ、ベッドの中にもぞもぞと潜り込んで丸くなった。
卵雑炊を作って持ってくる。丸い山をつっつくと、ノルトリが顔だけ出してこちらを向いた。
「ご飯だよ」
「……いらない」
「食べたほうがいいよ」
「……いらない」
「おいしいよ」
「……いらない」
「そっか。僕の作ったものなんていらないよね、ごめん」
「……いる」
「はい、あーん」
スプーンで差し出すと、じっと眺め、やがてぱくりと食べる。それを何度も繰り返しつつ、妹がいたらこんな感じだったのかな、と、そんなことを考えた。
全部食べ終えると満足したらしく、ノルトリは再び布団に潜り込んだ。
「……ねる」
「おやすみ」
それからしばらくして、ノルトリのお母さんがやってきた。事情を話して部屋に案内する。お母さんの姿を見たノルトリの表情がぱっと変わって、やっぱりお母さんが一番なんだよなあと頷いた僕である。
/汝の名の意味は
喫茶店の日常というのは、とても平和なものである。なにしろ喫茶店だ。来るのは人で、いや獣人も来るけど、飲んだり食べたりするのが目的で、いやそれ以外のことをする人もいるけど、とにかく喫茶店とは騒ぐためにある場所ではなく、穏やかにのほほんと過ごすために存在するのである。
「だからそろそろ、その口を閉じてくれませんか」
「君は時々、驚くほど辛辣だな」
アルベルさんに賞賛されつつ、僕はコップを磨いていた布巾を投げつける。顔面で受け止めておきながらまったく気にした様子もない騒音のもとは、大げさな身振りでカウンターを叩いた。
「なにを悠長なことを言っているんだい! これは、大変に重要な問題だよ! なぜ静かに悩むことができようか! ああ! ああ!」
「ほんとにうっさいんで。苦笑じゃなくて真顔で言っちゃうくらいうっさいんで静かにお願いできますか、ロミオさん」
「その名でぼくを呼ぶなあああああ!」
ロミオさんは頭を抱えて悶えた。ぼさぼさの金髪を掻き毟りながら壁を必死に叩いている。どうやらこの世界でロミオという名前は些か奇異のようで、本人はとてもそれを気にしていた。
「彼はいつもこの調子なのかい?」
呆れながら訊ねたアルベルさんに答える。
「まあ、大体あんな感じですね」
ついに服を脱ぎだしたところで我に返ったらしく、ロミオさんはいそいそと身なりを整えた。
「失敬。つい感情的になってしまった。ぼくの悪い癖だ。とにかく、なにか良い案はないかな、マスター。君は異国の出身らしいじゃないか。是非、ぼくに相応しい筆名を考えてくれたまえ」
「筆名と言われても」
ロミオさんはこの度、劇作家になるという。その筆名を考えて欲しいと言われたのであった。
「なにかないのかね? このぼくが名乗るに足る名は」
ロミオさん……ロミオ……ジュリエット? 劇作家だし、いっか。
「シェイクスピア、とか」
「ほう」
ロミオさんは音を確かめるように何度か呟き、満足げに頷いた。
「良い響きだ! 名作を書けそうな名前じゃないか。このぼくにぴったりだな。感謝するよマスター。さっそくこの名を使うことにしよう。それでは」
来たときと同じくらい慌しく、ロミオさんは去っていった。
ようやく静かになった店内。
嘆息しつつ、アルベルさんと向かい合って、僕は首をかしげた。
「どうかしましたか?」
「ああ、いや……」
なぜか顔が赤い。
「シェイクスピアは、まずいんじゃないかな」
「どうしてです?」
「あー、その……私の口からはいえない」
/テレンス青年の恋
この世界で喫茶店を開いて2年も過ぎると、最初は物珍しさだけに惹かれてやってきたお客さんの中にも、ありがたいことに常連さんができる。ぽつりぽつりと世間話をする人もいれば、沈黙を美徳を心得た人がゆっくりとコーヒーを啜っていたりもする。何かを待っているのか、あるいはその何かを探しているのか、窓際のテーブル席に座って日がな一日、通りを歩きゆく人の流れを見つめる老人もいる。
ある日のこと、絶え間ない人の波の中から抜け出したひとりの青年が店のドアを開いた。青年は店の雰囲気に滑り込むように馴染んで、細波ひとつ立てることもなかった。
テレンスと名乗った青年は、頻繁にこの店にやってきた。汚れひとつない真っ白なシャツを着こなし、笑顔を絶やさず、礼儀正しく、気の利いた会話のできる彼は、あっという間に店の常連たちと顔見知りになった。その好青年の人好きのすることと言えば、気難しさにかけては並ぶものがないと密かに思っていた、ドワーフのロングルウッド爺さんがコーヒーを奢ったほどである。
テレンス青年はぶらりとやって来ては、よく街の話をしてくれた。世間話のなかで僕がふと、あまり喫茶店から出ることがないと言ったのを気にかけてくれたらしい。どこそこで新しい食堂が出来て、そこの肉料理は良い味であるとか、大通りで果物を積んだ馬車が横転してすごい騒ぎになったとか、そういう話を臨場感たっぷりに教えてくれるのだった。
時間を掛けて付き合えば付き合うほど、これは気にくわないという部分のひとつくらい出てくるのが普通だろうに、テレンス青年は貴重な例外だった。
彼と会話をした人間はみな誰しもが満足げに笑い、親しみを込めてテレンス青年の背中を叩き、店をでる頃にはすっかり昔なじみのようになっているのだった。ここまで好青年という言葉の似合う人に、僕ははじめて出会った。なので、こころの中でひっそりテレンス青年と呼んでいるのである。
こんなにいい奴は他にいない、どうかお幸せに! と、思わず言ってしまいたくなるほど非の打ち所の無いテレンス青年だけれど、そんな彼にも大きな弱点があった。
女性が苦手なのだ。
相手が女性的であればあるほど、テレンス青年は言葉をしどろもどろにして、口からまともな言葉を出すことすら出来ず、相手の目を見つめることも出来ず、ついには耳まで赤くしてうつむき、黙りこくってしまうのだった。
しかしそれがまた女性の心をくすぐるらしく、テレンス青年は頻繁に女性に話しかけられていた。そのたびに、カウンター席で小さくなってしまうテレンス青年を助けるのが僕の役目だった。
テレンス青年の弱点を知った常連客たちは大いに笑い、大いにからかったが、次第に真剣に悩むようになった。
多くの人にとって、テレンス青年は自分の孫のような息子のような弟のような、そんな存在だった。気立てよく、誰にでも優しく、働き者で、責任感もある。こんなに良い子が、器量よしのひとりも捕まえられないなんてと、嘆いてしまうのも仕方ないことだった。
うちの娘を、いや孫娘を、ここは私が、いやいやうちの母ちゃんと。
縁談話が競うようにテレンス青年のもとに持ち込まれたが、どれもお付き合いに発展することはなかった。
「だめなんです。実は幼い頃に、姉やその友人に散々からかわれて……恥ずかしさやら情けなさに言葉が出て来なくなるんです」
テレンス青年は諦めたように苦笑した。彼も自分の弱点を気にしているようだったが、それを乗り越えるのは難しそうだった。
「テレンスくんも可愛いとこあるわねえ。女の子なんてがばっと押し倒しちゃいなさいよ」
セリィさんがチェシャ猫のように笑って言った。教師とは思えない過激な発言のせいか、それともセリィさんの大人の色香漂う流し目を送られたせいか、テレンス青年は「ええ」だか「いえ」だか「その」だか、あるいはその全てを混ぜあわせたようなことをもごもごと呟き、困ったように僕を見るのだった。
「はいはい、からかうのはほどほどにしてくださいね。あら良い香りねあっつぅさん」
「……引っ張るわね」
我らがテレンス青年の異常にいち早く気づいたのは、なんだかんだで彼を気にかけていたロングルウッド爺さんだった。いつもより足早に店を出て行ったテレンス青年の背中を見つめて、コーヒーを飲み干し、もじゃもじゃの髭を撫でつけてぼそりと呟く。
「ありゃ、惚れたな」
「惚れたって、誰にです?」
しかし寡黙なロングルウッド爺さんは、僕の質問には答えず、無言でおかわりを要求した。 一週間も経つと、誰もがテレンス青年にようやくの春がやってきたことを知った。座っていても落ち着かない様子で、ふと思い出したようにため息をつき、ぼんやりとどこかを見ている。恐ろしいほどに典型的な恋の病の症状だった。
誰が訊ねても、テレンス青年は青白い頬を染め、照れたよう笑うだけだった。
あの心優しき好青年の恋した相手は誰だろうかと密かに沸き立っていた常連客の中から、ついに有力な情報が出てきた。ある時、カウンターに座っていた女性を、テレンス青年が恋に染められた瞳で見つめていたと言うのだった。発言者がゴル爺ということに大変な不安を覚えた僕であったが、それでも常連客は納得したらしく、恐ろしい行動力をもって女性の情報を集めた。
彼女はケリーといった。夏空のような澄んだ色の髪がよく似合い、誰もが振り返るとまではいかないが、優しさとぬくもりを感じさせる可愛らしい女性だった。
テレンス青年の居ない時を狙って、常連客の一人が彼女に声をかけた。いくつかのことを質問し、それをこっそりと聞いていた他の客たちは、彼女の人柄に大変満足したようだった。テレンス青年のことを訊ねられると、ケリーさんは頬を上気に染め、うつむき、何も言えないようだった。そんなケリーさんを極上の獲物と判断したセリィさんが片隅に引っ張り込み、根掘り葉掘りを聞き出した。
「あれはもう、ベタベタに惚れてるわね。砂糖吐きそうだわ」
つまり両思いであることがめでたくも発覚し、あとはテレンス青年をどうけしかけるか、という問題だけが残った。
「とりあえず、告白しちゃいなよ」
唐突に切り出してみると、テレンス青年は大いに慌てた。
「な、なななにゃにを言うんですかユウさん!」
「好きなんでしょ?」
「ち、違いますよ。いやだな、そんなわけないじゃないですか。ところで今日はひと雨きそうですね」
顔を赤くして、テレンス青年はわざとらしく窓から空を見上げた。雲ひとつないからっと晴れた空が広がっている。
「好きなら好きって言わないと。言葉にしなくても伝わるなんて幻想は抱いちゃだめだから」
「す、好きじゃありませんってば。ただ、その、これほど気軽に話せる相手は初めてだってだけですし、ぼくの話をにこにこして聞いていてくれる顔を見ると心が安らぐというか、なんというか……」
もにょもにょと言葉が小さくなっていき、ついにテレンス青年は黙り込んでしまった。
僕はあまりに不器用な青年に苦笑して、昔に読んだ小説から引用した。
「女性の心を開くには、思いがけないときに、思いがけない贈り物をすること」
「贈り物、ですか」
「花でも贈ってみたらどう?」
テレンス青年は思い悩むように腕を組み、それから意を決した様子で僕を見た。
「花を贈られると、嬉しいものでしょうか。ユウさんもですか?」
男の僕を比較対象にするのはどうだろうかと思ったけれど、とりあえず頷いた。
「嬉しいよ。誰かから贈ってもらえるのならね」
「そうですか。花、ですか」
何度か確かめるようにテレンス青年は呟いてから、すくっと立ち上がった。
「ありがとうございましたユウさん。覚悟ができました」
頬は赤く、しかしその目には覚悟のようなものが見えた。
「うん、がんばってね」
その翌日。ちょうどケリーさんがやって来てすぐに、テレンス青年が現れた。腕いっぱいの大きな花束を抱え、髪もしっかりと整えられていた。
店に入ってきたテレンス青年の姿を見て悟ったのか、ケリーさんは頬を染めながら立ち上がり、うっとりとテレンス青年を見つめた。誰かがケリーさんの背中を押した。テレンス青年の真正面に、ケリーさんが立った。
店内にいた誰もが、固唾を飲んだ。愛を伝え、愛を受け取り、その瞬間に盛大におめでとうを言うために、足に力を込めて立ち上がる準備をしただろう。
テレンス青年は一歩を踏み出した。一歩。そしてまた一歩。
ついにケリーさんの前にたどり着いたところで、テレンス青年は奇妙な行動を取った。
期待に震えるケリーさんの脇を通り過ぎ、かつかつと確かな足取りでこちらまで歩いてきたのだ。僕の前に立ち、テレンス青年は花束を差し出した。
「ユウさん、どうかぼくとお付き合いしていただけませんか」
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