第8話 薄荷ドロップと花の栞


いつしか 夕闇の青色が迫る頃

1通の手紙が コトンと音を立てた


ぼくには 誰がくれたものか 瞬時にわかったんだ

15才の今 ポストに落ちたのは 母からの手紙だ


何の言い訳も説明もない 素っ気ないバースデーカード

「風知 15才のお誕生日おめでとう」

たったそれだけの 母の文字


さっき読んだ 2年前の父の手紙と組みのように

続きのような振りをして、母の声が届いた


嬉しいはずのたより

母が元気だったことに、ぼくはほっと胸を撫でおろした

それは、本当の気持ちだけど、同時に気づいたのは

ぼくはきっと 父よりも母を恨んでいた、ということ

何よりも ぼくを手放して平気でいられる母を


父という人が いつかぼくを突き放す時が来るのは予想できた

祖父とのいきさつも 少しは聞いていたし

何より孤独から生じるものを 誰よりもわかっていたのは父だったから

寂しさや悔しさがあってこその 銀色の林檎なのだろう

そして、ぼくにもそれが必要だとか、勝手に思い込みそうな人だから


だから寧ろ、ぼくは母がわからなかった

そんな父を止めもせず ぼくを置いていなくなった母を

今までいちばん信じていた人が 平気でぼくを裏切ったことに

心底絶望していた 何よりも 誰よりも


肝心なことは何も書かれていない手紙を読んで

ぼくは たださみしかった

どこにも 差出人の住所は書かれていない 

片道通行の手紙を眺めて 気持ちが落ちていく



封筒の中に入っていた 一輪の押し花に見覚えがあった 

これは確か、薄荷はっかの花だ 

葉を擦ると スーっとした香りがする あのハッカの


少年時代の記憶がよみがえる

ぼくはドロップスの缶を振って

出てくる粒に ハッカを引いてしまうと「はずれ」って思ってた

おみくじで凶を引いてしまったように がっかりした

ハッカの「は」は「はずれ」のハ


フルーツの甘さの粒たちを際立たせるために

わざと入れられたものなんだ

ソーダ味ならきっと人気者になるのに なぜ君?


ぼくがハッカを引き当てて残念そうにすると

母は、あら私は「あたり」って思うのにねって笑う

でも、そんなのはきっと嘘で

こどものために 渋々引き受けてくれてると思っていた

大人だから すききらいで片付けないだけだろうと


そんな母も少女の頃は、レモンドロップを舐めたくて

白く淡い色がコロンと出た時は 心が躍ったはずだ

でも、喜んで口に含むと 実はにせものだった時

笑顔は急にぎこちなくなったんじゃないだろうか


でも今は、手のひらのドロップがハッカの時

ぼくは なぜだかほっとする

甘い味が続いた後の 爽やかなこの味

こっちの方が 本当は主役なのかもしれない

母が言っていたのは本当だった 「あたり」なんだ

生きていれば 逆転するものもある


手紙に添えられたのは その薄荷の花

ぼくの目の前にある 追憶の中と同じ花の栞は

そんな母との日々を思い起こさせた


 フウチ、薄荷の花を知ってる? 

 白に近い薄紫色で、可憐に咲く花

 そうね、ミニチュアのつつじのような花

 果実は4分果 いつか咲いているところを見たいわね


ぼくは図鑑を見ながら 花のことよりも

薄荷の葉っぱを齧るとはみがきの代わりになる?って尋ねた


古来の薄荷は「姫薄荷ひめはっか」と呼ばれていた

そんな日本で栽培された和薄荷は、現在では極僅か

北の地方で栽培されている、スーッとするだけではない独特の甘み


この花は、一体何処で摘んだ花なのだろうか

薄荷の涙が 身体を伝うのに似て 涼やかなその花びら


結局、どんな仕打ちを受けたとしても

ぼくが母を想う気持ちは 変わらずにそこにあった

理不尽だとか 不公平だとか 文句を言っても負けるのと同じ



少し離れたところで、コリスが色づいた銀杏の葉を

ぼくに向かってくるくる回す

そばにいて、泣いてる姿を 多分いちばん見ている相棒


ぼくの手の中にある 薄紫色の花の栞

コリスが栞に使う 銀杏の葉の黄色


栞同士が通信し合って、大切な本の中に吸い込まれていく






*今日の1曲 『赤橙せきとう』 ACIDMAN 

 赤橙とは、ある説では色ではなく、賽の河原を指すという

 どんなに後悔しても、何処にも戻れないような焦燥感

 赤く鈍いオレンジ色の光で 目が開けられず 終わりゆく人生を顧みる





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