第2章 ぼくの街を眺める

第6話 展望台とミルクセーキ


カイルとノエルと共に

ぼくは 街が見渡せる展望台のタワーに昇った


エレベータを使わずに 階段を一段ずつ

途中で目が回って酔いそうになって後悔したけど

がんばって一歩ずつ 空に近付いた


遥か彼方まで風景が続いて、夏に出かけた海まで届く

吸い込んだ あの海の匂いを思い出す

熱い砂浜と あの波の音を思い起こす


あの夏の日の無邪気さが嘘のような 秋の空

あっという間に 淡い雲が覆って 手が届かなくなってしまう



今日のノエルは 心なしかいつもの元気がない

童話の主人公のような クリーム色のワンピースは

ノエルのママが編んでくれた とっておきのおしゃれ


いつもどこかに赤い色を身に付けてるノエルは

今日は てっぺんに真っ赤なしるし

エミルが結んでくれたリボンが 歩くたびにポンポンはねる


でも、そのあざやかな赤が

まるで霞んだ昔のポロライド写真の記憶のように

薄ぼんやりとノスタルジックな少女に見えてしまう程に

ぼくらの視界は 揺さぶられている


この子の元気さは 実はとてもけなげなものだと

ずっと前からわかっていたことだけど

どうにも笑顔が見せられないくらい余裕がないみたいで


ついさっきまでそこにあった 小さな希望は不確かなもので

ぼくらの心にあるのは、漠然とした不安ばかり


それでも、ちいさなノエルにそれが伝染しないように

ぼくとカイルは、両側からそのあたたかい手を繋ぎ

なんとか明るいことを見つけては、口にする


望遠鏡があるよ 覗いてみよう

近くに行ったら故障中の レトロなその機械は役立たずで


カイルとぼくは 交互に地上に何かを発見する

ほら、あの家、お菓子みたいだよ

あの教会の屋根の上、おかしな風見鶏がいるね


身近な人がいなくなるという怖さ

向き合いたくないという拒絶

はしゃいでいても、そんな心配と繋がる 今ここの静けさ


母さんが あまり良くないんだ

今度こそ別れの時じゃないかと 会いにいくのが怖い

昨晩のカイルの悲痛な背中を思い出しながら

ぼくは売店でのみものを買ってきた


たまご色したミルクセーキ

クリームの上にさくらんぼがノッテル 

しがみついてるノエルみたいに

バニラの香りがして すこし和むといいと願う


季節はずれのような つめたいのみものは

色だけは この子のワンピースのように あったかく包んでくれる


ノエルの笑顔に ほっとするぼくらがいる

決してノエルに病状を伝えているわけではない


でも ノエルもきっと感じてる 

幼いからと言って、わからないとは思わない






*今日の1冊 『きまぐれミルクセ~キ』 能町みね子著

 東京で、旅先で、純喫茶を探訪する さりげない時間の行方

 見た目バニラアイスみたいなクリーム色に、さくらんぼが似合う


*ミルクセーキのとある作り方

 ・卵黄とお砂糖を泡立て器でよく混ぜる

 ・少しずつミルクを入れて、バニラエッセンスを1滴

 ・茶こしでこして、グラスにいれる

 ・つめたいのとあたたかいの どっちがすきかな








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