第5話 ぼくはオトウトですか


オトウトと言われた日 


はじめて柚子さんに出逢ったのは、結婚式の日だった


 柚子、こいつが フウチ

 俺の オトウトみたいなものだから


クウヘンさんにそう紹介されたあなたは

まぶしいくらいきれいな花嫁さんだった


 君は オトウトのようなものだから


両親がいなくなったぼくを 柚子さんが心配してくれた日

あなたにそう言われたことが

ぼくの心の奥底で ずっと響いている



そうなのかもしれない

ぼくとクウヘンさんは 兄弟のようで

確かにぼくは クウヘンさんを兄貴のように慕っている


でも、だからといって、柚子さんは姉さんではない

そんな風に思ったことは、一度もないんだ


 フウチ 背が伸びたね

 もう並んじゃった、かな


柚子さんは女の人にしては 背が高めの方だ

ぼくは、少し拗ねたような顔が可笑しくて、くすって笑う


柚子さん

もうぼくの方が大きいですよ


いつのまにか ほんの少しだけど

ぼくは 柚子さんの背を追い越していたんだ


もう オトウトじゃないんです


ぼくと彼女の距離は いつも微妙な感じに保たれている

同じ空間にいても、近づき過ぎない距離にある 大抵はね

間にコリスをはさむくらいが適当で


ぼくは気がつくと 柚子さんを見つめている

見つめるには、少し距離を置かないと不自然で


気をつけて目を離すようにしないと

ぼくは ずっと見続けてしまうから

ほっといたら きっと永遠に


クウヘンさんは 自然に柚子さんを見てる

ぼくのように切羽詰まった視線じゃなくて

あたりまえかな


二人だけで見つめ合う熱い視線を ぼくは知らないから

結婚して一緒に生きるということを ぼくはわからないから



ある日、クウヘンさんが遠くに撮影に行って

柚子さんと二人の夜

なぜかその日、コリスのルウも留守だった


 ガールフレンドでもできたかな


嬉しそうに笑う柚子さん

ぼくはそれが、ルウのことだと瞬時に察知できずに

気付くと首を振っていた


 あ、フウチじゃなくてね


柚子さんは、ちょっと困った顔をしてから微笑んだ


二人きりになったのは、久しぶりだった


いつもはじっと見つめるぼくは、今日は

どこを見ていいか わからなかった


あたたかいハーブティーを入れてくれる指先を

見つめながら、胸がどきどきした


ハチミツをまぜるスプーンが ころがっていった瞬間

止めようとして触れ合った手

もしここで抱きとめたら 柚子さんはどうするだろう


こどもねって感じで ぽんぽん背中を叩かれそうな

ぺしって 頬を打たれそうな

やーねって 頭をこづかれそうな


こども扱いの言葉や仕草だけが、浮かんで消えた



急に檸檬の香りがして ぼくをとどめる


そんなことはしないけど できはしないんだけど

もしもと考えただけで、ぼくは ぼくを見失いそうになる


この想いはどこまで行っても片思いで 平行線で

そんなことはとっくにわかっていて

それでもずっと手放せないまま


柚子さんとクウヘンさんは 簡単に壊れたりしない

壊そうと思ったこともない


ただ、ただ、ぼくは あなたがすきです


たとえ ぼくが いつまでもオトウトであっても


気持ちは変わることなく

いつか 他の誰かを愛するようになっても

あなたはいつまでも特別な人です






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