第4話 色なき風を読む


ある日いつものように 柚子さんから本を借りてきた

ぱらぱらと広げたら 銀杏の葉が一枚ひらりと落ちた

あ、しまった これコリスの読みかけだ


リスは 栞がわりに葉っぱを使う

銀杏の栞 黄色の美しいフォルムの葉

どこに挟んでいたのか わからなくなってしまったな


次の日、ごめんねと返したら

ちょっとほっぺを膨らませたあとで、コリスはこっくりうなずいた

栞を両手にはさんで くるくる回して、空中で黄色の球を作る

小さな風を起こす 手に取れる 秋の気配


竹皮もいいけど、銀杏の葉っぱで

くるりとはさんだ おむすびもキレイかな

柚子の皮を刻んで入れても 似合いそう

柚子さんは 秋のおでかけ用ランチボックスのことで

ひらめいたようで 今日もうきうきしてる



秋の季語に「色なき風」というのがある

それは、無色であり 透明を意味するのだろうか


自然現象の中でも「風」とは 特異な存在

山や川の、そこに形ある自然や

雨や雪の、目に見えて降ってくるものと違って

その存在は 見えてはいない


そよぐ木の枝や、揺れる草花で はじめて見ることができる

だがそれも、風に翻弄されているものを見ているに過ぎない


風や嵐は、正体が掴めないもの

体で、肌で、感じるもの


色なきとは、花やかな色や 艶のないことを言うらしい

寧ろ 紅葉や銀杏を舞い上げる秋の風は色があるのに

色なきが、秋の季語とは不思議なものだ


確かに、秋の花は地味だろうか

だが秋は、気持ちの上で いちばん艶のある季節にも思えてくる

ぼくの年でそんなことを思うのは 早熟なのかもしれないけれど


ぼくの家は、昔から「風読み」をしていたらしい

ぼくの名「風知フウチ」も、それを継承するためにつけられた


風読み、とは 果たして何なのか

そしてぼくの場合は、風詠みでもある



朝の撮影に、めずらしくカイルが付いてきた

カメラは持たずに、スケッチブックと色鉛筆を持って


カイルは 植物や木や花に興味があるから

図鑑を見ながら、名前を知らないものを見つけては

クウヘンさんに尋ねる


それがふと、幼き日のぼくの姿に重なる

ねえ、おじいちゃん このきのこ食べられる?

こっちのお花は 何ていう名前なの?

質問攻めにしても、ゆっくり答えてくれる存在


カイルが ひとりごとのようにつぶやいた

オレ、玻璃の森に もっと詳しくなりたいな

ここらの山に もっと登って遠くを見てみたいな



探し物をしていたら

昔のカセットデッキがクローゼットから出てきた

まだ使えるのだろうか


再生、と書いてあるボタンを押す

静かな虫の音が スピーカーから聴こえてきた

リーンリーンと高く 涼やかな音色


窓辺に持ってきて、今の虫の音と共に聴く

庭では コロコロと 可愛らしい音色

テープの中身は いつの日の鳴き音なのだろうか


急にシンとなったテープの虫

残りの部分に、今の虫たちの声を録音して

時を繋げていく

それは 現実としてはとても強引なようで 特に難しくもなく

ぼくを媒介して 時を再び奏でるのなら、それもいいように思えて


無闇にいたずらをしかけたような気持ちがした


いつだって 失った時と今を 結んでやり直すことばかり考える

一体 ぼくは いつの時とつなぎ直しをしたいのだろうか



コリスが 庭でせっせと忙しそうだ

君は集めたり、並べたりするから

いつも元気そうに見えるね

そうそう 君も秋の季語だね 「りす」






*今日の1曲 『遠泳』 須藤晃(作詞)玉置浩二(作曲)

 アルバム「あこがれ」の中の1曲 こちらは色やかな世界

 濃密な詩と歌唱が相まって、天に昇り詰める心地

 そしてそのまま斜面を滑って、どこまでも堕ちていくような


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