第3話 ボンボンボヤージュ


春から 玻璃の音*書房の隣が 改装工事をしていた

ぼくは何になるのか気になって 毎日足を止めていた


粉雪さんが 雪の結晶を作っていたあの部屋

なぜか壊されず、守られていたその一画に ほっと安堵する



「クラフティ・クララベル」 はパティスリー

洒落た都会のケーキ屋のことかと思っていたけど

フランスでは もっと洋菓子屋っぽい感じらしい

粉とたまごとミルクが 主原料のもの

マカロンやメレンゲ、ババロアやプディングみたいに

親しみやすいおやつもある


街のお菓子屋さんのような装いにしたい

そう考えたクララベルのご主人は

「砂糖菓子」の意である コンフィズリーを組み込んだ


キャンディ、キャラメル、マシュマロ、ヌガー

ケーキが並んだウィンドウの隣には

こどもたちが小さなかごで気楽に買えるように

包み紙にくるまれた手のひらサイズのお菓子が並んで


レジに持っていくと

さくらんぼのスタンプが押された白い紙袋に入れてくれる

くるんくるんと端っこを巻かれたら、もう目がハート


夏は アイスクリームやシャーベットもある グラスリー

冬は チョコレートが齧りたくなる ショコラティエ

みんなの夢の詰まった お菓子のおもちゃ箱



ボンボンは、キャンディのこと

ウィスキーボンボンは大人の香り

弾いて、遊んで、丸いから どこまでも転がっていく


ノエルがすました顔して かごでお買い物してる

自分のお小遣いは大切にここで使うんだって

そう言いながら、裏ではきっとつまみ食いのいたずらな瞳


ここならきっと「砂糖屋」だった 砂糖さんも粉雪さんも喜んでくれるだろう

甘いにおいがいっぱいで、しあわせを運んでくれるこの店を



そして週末が過ぎ、また東京の学校に帰るエミルさんを

ぼくはノエルと一緒に手を振って見送った


茶色の革のスーツケースを引いていく後姿

長いイエローのリボンが揺れて、小さくなっていく

ボン・ボヤージュとノエルがさみしそうに つぶやいた






*今日の一冊 「パリのちいさな店案内」 山本ゆりこ著

 緑とクリーム色のしましまの本 なまえの由来が楽しいの

 小さなカラフルな色を持つショーウィンドウ

 旅に出かけると、その街の空気が知りたくて

 市場に出かけたり、文房具屋さんを覗いたりするの楽しい



*ボン・ボヤージュとは、フランス語で「良い旅を」の意

 手を振って見送りたくなる、そんな言葉





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