第8話 夏のシロップ
夏休みになってから
ぼくは毎日のように カイルの家に通ってる
クラフティ・クララベルの裏側が 住居になっている処
カイルの部屋には、世界地図と地球儀とダーツがあって
彼が何処かに行きたくて、うずうずしているのがわかる
ピンを刺してある地点が、たくさんの心を飛ばす仮目的地
*
ぼくは聞いてみた あの部屋のこと
今は、どうなってるの
ああ、気になるよな
粉雪さんが雪の結晶を作っていた部屋は、今
フローズン用の材料が散りばめられて
それらの持つ色が主張して きらきら光る硝子ケース
旅立った標本を残したまま 彼女の足跡のように大切にされてる
こうして いつまでも 息づいていく 君のままで
*
あ、本当だ
ぼくの本が カイルの本棚に並んでいるのを見た時
行き先がここで、居心地がよさそうでほっとしたんだ
俺、なぜ この本がすきなのか 自分でもわからなくて
じいちゃんが手に入れたこの街に 一人で来たんだ
同い年の男が書いたって聞いたからさ
でも、残念に思った
なんだ あんな浮かれたヤツが書いたものなんだって
女の子と噴水のところで 射抜かれたような目をしてる
あいつが あの本の作者なのか
捨てたくなったけど、できなくて
ついでに一緒にいた女の子の目が忘れられなくなって
俺は時々、列車で ここに降り立った
玻璃の音*書房に 何度も立ち寄って
いつのまにか ここに住みたくなった
もう、あの女の子はいなくなってしまったけれど それでも
なぜ、おまえの言葉に惹かれるのか、知りたくなった
*
コンコンとノックのあと
かき氷たべよ 男の子たちは削る係りね
とエミルが笑う 後ろからノエルがちょこんとのぞく
かき氷 ま白き氷 ぐるぐる回して三角タワー
この家では 自分で夏のシロップを選んでかける
カラフルな手作りの色彩りどりが 瓶に入って並んでいる
ぼくは パンプルムースと名づけられた瓶を手にして
長いスプーンで すくってみる
パンプルムースは グレープフルーツのこと
氷に上からそっとかけると、それが見る間に沁みこんでいく
一筋の光のように 黄色い花のように 雪に咲く花
ぼくらはまるで、はすの葉っぱの上で休んでいるかえるみたいに
のんびりと自然の恵みを心に落とし込む
夏のシロップ かき氷 かえる食堂
庭に出て、ホースで水を撒く
いたずらカイルが狙うのは、いつだってノエル
エミルは、あれで怒ると怖いからなーって言うけど
ぼくはまだエミルが怒ったところを見たことはない
*
カイルの本棚の本は、みな装丁が美しい そして少し尖ってる
眺めているだけで ピリっとした空気が漂う
柚子さんの本棚とは、まるで違う空気
気になった一冊の本を抜く
「ママがプールを洗う日」
ぼくは再会できるのだろうか カイルもそうだ
たとえどんな形でも 母が近くにいるのは大きなことなんだ
読み終わって、あとがきを読んで考えてた
作者と翻訳者は果たして会えたのだろうか
会わないままもいいだなんて、どこか運命のような二人
他人だからそう思える そして待てる
だが、それも手遅れにならなければ
ぼくらはこうして会うことができた
カイルが歩み寄ってくれたから
*今日の1冊「ママがプールを洗う日」ピーター・キャメロン作
翻訳 山際淳二 表紙装画 山本容子
山際氏のあとがきで、会おうとしてもキャメロン氏とすれ違う年月が語られる
この3年後、彼は若くして死去 果たして二人は会えたのだろうか
作品を通して出会った二人には 直接会うことなど どうでもよかったのだろうか
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