第7話 夕立と涙の境界線
突然降ってきた 叩きつけるような雨
雨宿りも考えたけど、無性に走りたくなって斜め降りの中
ぼくは鞄を頭に乗せて 走り出した
幸い今日は金曜日 明日が休みなら 濡れても構わないだろう
学校から走って、公園の噴水の横を走り抜け
ふと見た駅の改札口に、そこだけぽっかりやわらかい空気
エミルさんだ はっとした
気のせいかな 泣いているように見える
こんな遠くから 雨と涙を見分けることなんてできはしない
でも、あれはきっと
ぼくは近寄って声をかけた 傘も持っていないくせに
エミルさん 大丈夫?
フウチくん
あわててハンカチを探す彼女
涙をぬぐうのかと思ったら、ぼくにそれを手渡すんだ
まだ頬に涙が流れているのに気にも止めず、心配そうにぼくをのぞき込む
たっぷり水分を含んで、あふれだす瞳のまま
ぼくはそっとハンカチを彼女の手に戻す
エミルってよんで 涙を拭きながら彼女は言った
この姉兄妹は、みんなそうなんだな
じゃあ、ぼくのことは フウチで
天空から割れるような音がする
きゃっと言って 彼女は身を竦める ぼくに頼りはしない
すごい稲妻だったね
空を2分するかのような盛大な光に目がくらむ
知ってる? エクレール、日本ではエクレアね
稲妻って意味なの
そんなすごい感じ、しないお菓子なのにね
そうだね、それよりも浮かんでる雲みたいだ
ぼくは、エクレアの珈琲味がすきだな
そういうと、エミルはにっこり、あ私もと答えた
ふわっと笑う メレンゲみたいなほほえみ
*
二人で雨が止むまで 駅舎の中のベンチで座っていた
カイルと なかよくなったのね
あの子は ずっとあなたにあこがれていたの
素直じゃないから表情に出さなかっただろうけど
あの本、雨と涙が競い合って早足で歩く話
小競り合いしているうちに、ちゃぽんって水たまりに入っちゃって
どっちがどっちか わからなくなりそうな危機に
あわてて てのひらで掬って 探してくれた人
あの透き通るような話が、わたしたちはだいすきで
眠れない夜に カイルの本棚から抜き出して よく読んでいたの
水たまりに落ちた水滴は一瞬で吸い込まれ
もう跡形もなく同じになってしまって 刹那的なはず
なのに ここでは助けられて
だからかな、落ち着くの
どんな人が書いたのかなぁって 私も知りたかった
*
やっぱり 彼女から漂う はちみつみたいな匂い
エミル、はちみつトーストたべた?
そう聞くぼくに おかしそうに彼女はほほえむ
実はさっき、くまとはちみつを取り合って
はちみつ被っちゃったの
吹き出すぼくに さらに
いつもね マイはちみつ持ち歩いて ほっぺにちょんちょんって
するわけないでしょ くすくすくす
あのね、フランス語で「ミエル」は、はちみつなのです
パパが私から はちみつの匂いがするから そう名づけようとしたけど
ママが、この子はにっこり笑顔だから「エミル」がいいわって
日本語の笑みからつけてくれた名なの
ママ……
だからね私、泣いてるよりみんなの前では笑っていたいの
彼女はいつも泣きたい時には こうして家族のいない場所で
ひとしきり泣いてから 家に帰っているのかもしれない
きっと 列車の窓に揺れて映っていただろう
夕暮れの青が入りこんだ 君の瞳
ここを越したら、ここから先は
列車の中で乾かなかった涙を 少し佇んで風に溶かす
ここはそんな境界線
向こう岸に渡るための ほんの一歩 橋の手前
*今日の一曲 「水色の街」スピッツ
ね、ずっと不思議なのだけど、水の色って透明じゃないのかな
なぜ水色は ブルーなんだろう
確かに淡くて何もかも映しそうな色だけれど、誰が名をつけたのかな、水色
水色の街は、空を映しているのか 川を模しているのか
何にしても流れ行く 足許がゆらぐような儚い街を心に描く
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