第10話 はちみつと秋の風
海から帰った 次の朝
ようやく動かない体から目覚めると
ノエルがふくれっつらのほっぺで 腕組みして庭に立っていた
ぼくとカイルが 黙って二人きりで海に行ったことを
どうやら怒っているらしい
日焼けで赤くひりひりした顔を洗っていると
とことこやって来て
もう一度行こう、今日! と腕にぶら下がってきた
そこにエミルが、大きなバスケットを持ってやって来て
すぐ出発ね! とほほえんだ
カイルとぼくは 自転車を漕ぎすぎてくたくたの足を引きずりながら
一緒に駅まで歩いて列車に乗り込んだ
ぼくはパラソルを持ち、カイルはバスケットを抱える
今日はゴトゴト ゆっくり海へ近付いてゆく
カイルはまだ眠くて、うつらうつら
昨日より少しだけ冷たくなった風が 木々を抜けて
ほてった顔に ここちよく当たっていった
玻璃の森にも 秋がやってくる気配
*
砂浜で、女の子たちが気に入りそうな貝殻を探した
カイルは 大きな海草の日干しを
がさがさ引きずって ノエルを追いかけていた
小さな桜色の貝や 白くて細長い巻き貝を
エミルは気に入って ミミにあてる仕草をした
かわいらしかった
エミルには 夏の浜辺に映える オレンジや黄色が似合う
ビーチサンダルについてる ひまわりの花が 彼女を飾る
パラソルの下で、エミルがバスケットを開けた
ロールサンドがくるくるくると並んでいる
あれ、一つだけ何も具がはさまってないみたい
もちあげると、なにやらもこっと重い
パンを体操のマットみたいに 広げてみたら
そこに、コリスのルウがねていた
ちいさな密航者は、ふかふかのパンの布団で
すやすや眠ってしまったらしい
たくさんの視線を感じて びくっとして起きたルウは
急いでぼくのシャツの中に隠れた
エミルが はちみつのタルトを切り分けて
ぼくの襟元に差し出すと
ルウは はずかしそうに両手をのばして受け取って
ぼくの胸のあたりで もぐってたべたので
くすぐったくてしかたなかった
みんなでたべると 何もかもきらきらするんだ
ロールサンドも タルトも フルーツサラダも、ご機嫌にみえる
仕上げは シュワッっとレモネード カランコロン
*
パラソルの下で ノエルがエミルの後ろに回って
ふいに髪のリボンをほどく
ふわりと はちみつ色の髪が広がって
やさしい太陽のように ひなたの香りをまき散らした
いつも束ねているから
こんなに長いって 知らなかった
ノエルは いとおしそうに
エミルの髪を三つ編みにして遊んでいた
波は夕刻の陽をうけて光り輝き
まぶしすぎて目が開けられなかった
ぼくは 砂浜に寝ころびながら そんな二人を見ていた
レモネードの氷が熔けるのを 太陽に透かすふりをして
エミルのふわふわと揺れる髪に見とれていた
ぼくの胸には、ルウがつけていった
はちみつの甘い香りが ずっと残っていて
ミエル、はちみつ、笑ってるエミル
ぼくは どきんとして ふっと目を逸らす
あーあ 転がってしまった柑橘果実に乗ろうとして
ちっちゃな短い足を高速回転させてる 変なりすが
このままだと遠くまで行ってしまいそうだ
首根っこをつかまえて、無事に回収
くすくす笑う 二人の女の子
帰りの列車で隣り合わせに座った エミルとぼくは
同じ音楽を分け合った
彼女の片耳の音楽が ぼくにつながりノックする
訳もなくいとしく感じる時間
こうして夏が ぼくらを 通り過ぎていった
やさしい波の音を残して
*今日の1冊 「リリィ、はちみつ色の夏」 スー・モンク・キッド著
装幀に惹かれて、うちの本棚にやってきた本
1964年 サウルカロライナ、14才のリリィの夏
はちみつがどんな風に出てくるか、楽しみな1冊
*
過ぎ行く夏の日々
いつしか 秋風が吹いても
いつまでも 波の音が至近距離で聴こえる気がして
ぼくは 気が遠くなるほど 耳を澄ます
忘れない 忘れたくない いつまでも
また萩の花が咲く いつかのその日まで
お別れは言わないでおく
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