第8話 小匙でエッグ


昨夜は一人でいたくなくて

ずっと 柚子さんの本棚から一冊ずつ 本を取り出しては

閉じ込められた世界を解き放って

その空気を ぼんやりと目で追っていた


そんな夜

マシュマロ入りの カフェオレを運んで来たまま

柚子さんは そっとぼくの隣にいてくれる

ねぇ見て ここ

時折 お気に入りの頁を ゆびさしながら



眠れない夜の次には 眠たくて仕方のない朝


容赦なく ぼくに注ぐ朝の光


いつのまにか本を枕に

転寝うたたねしてしまったぼくを起こす 柚子さんの声


朝ごはんよ


あんなに眠れないと思い込んでいたのに

いつしか肩の上にはブランケット

包み込まれる おひさまのようなあたたかさ


陽だまりのような香りに包まれて

やさしい声が ぼくを起こす

いつだって、あなたがぼくの太陽だ


嬉しくて、寝た振りを繰り返してみる

甘えてしまって ごめんなさい


いつのまにか

夜中に頬をつたった つめたい涙が

そっと溶けて さらっと飛んで行った

バイバイ



おはよう


クウヘンさんが 軽く手を上げる


当たり前のように

家族にするみたいに響く

たった4文字のあいさつ


ちいさな花の刺繍のランチョンマット

マーマレードの甘い匂い 香ばしいトーストのカリカリ具合


フライパンの中の トマトとマッシュルームとベーコン

こぽこぽと音を立てる ボイルドウォーター

みんな 朝の音


においの記憶 音の思い出 

ぼくがもう二度と持てないかもしれないもの

ここで寝てしまった朝にだけ再現される あの日々


今日は土曜日 学校はおやすみ

だから眠くなったら いつだって寝ていい

その安心感でいっぱいなぼくは

きっと今日も 一日を ここで過ごす


いちばんのお気に入りの この場所で



白いエッグスタンドにのった ゆでたまごに

朝のあいさつをするように

コンコンと小匙でたたく


きつつきのようにノック

とろとろのたまごを すくってごくん


まるで こどもみたいにね






*今日の1冊 「おひさまと、朝ごはん。」星谷菜々著

星谷さんの本は、料理の本だけど、まるで絵本みたい

ここからそっと取り出せたらいいなって想う 宝物みたいな本

マーブルトロン社の料理本は 表紙でKOされる





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