第8話 小匙でエッグ
昨夜は一人でいたくなくて
ずっと 柚子さんの本棚から一冊ずつ 本を取り出しては
閉じ込められた世界を解き放って
その空気を ぼんやりと目で追っていた
そんな夜
マシュマロ入りの カフェオレを運んで来たまま
柚子さんは そっとぼくの隣にいてくれる
ねぇ見て ここ
時折 お気に入りの頁を ゆびさしながら
*
眠れない夜の次には 眠たくて仕方のない朝
容赦なく ぼくに注ぐ朝の光
いつのまにか本を枕に
朝ごはんよ
あんなに眠れないと思い込んでいたのに
いつしか肩の上にはブランケット
包み込まれる おひさまのようなあたたかさ
陽だまりのような香りに包まれて
やさしい声が ぼくを起こす
いつだって、あなたがぼくの太陽だ
嬉しくて、寝た振りを繰り返してみる
甘えてしまって ごめんなさい
いつのまにか
夜中に頬をつたった つめたい涙が
そっと溶けて さらっと飛んで行った
バイバイ
*
おはよう
クウヘンさんが 軽く手を上げる
当たり前のように
家族にするみたいに響く
たった4文字のあいさつ
ちいさな花の刺繍のランチョンマット
マーマレードの甘い匂い 香ばしいトーストのカリカリ具合
フライパンの中の トマトとマッシュルームとベーコン
こぽこぽと音を立てる ボイルドウォーター
みんな 朝の音
においの記憶 音の思い出
ぼくがもう二度と持てないかもしれないもの
ここで寝てしまった朝にだけ再現される あの日々
今日は土曜日 学校はおやすみ
だから眠くなったら いつだって寝ていい
その安心感でいっぱいなぼくは
きっと今日も 一日を ここで過ごす
いちばんのお気に入りの この場所で
*
白いエッグスタンドにのった ゆでたまごに
朝のあいさつをするように
コンコンと小匙でたたく
きつつきのようにノック
とろとろのたまごを すくってごくん
まるで こどもみたいにね
*今日の1冊 「おひさまと、朝ごはん。」星谷菜々著
星谷さんの本は、料理の本だけど、まるで絵本みたい
ここからそっと取り出せたらいいなって想う 宝物みたいな本
マーブルトロン社の料理本は 表紙でKOされる
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