第9話 林檎色に惑う


ぼくの祖父は 画家だった


ぼくの父も 画家だ


ぼくはなぜか 絵が苦手だ


ぼくは 言葉を操る方がいい

いや、言い換えよう 操られているだけかもしれない



画家は、キャンバスに 絵を描いているのではない

筆を持って、色を塗って、詩を書いているに過ぎない

そう 父は言った


林檎色って 何色って考える? 

赤、 紅、朱 だけに限定されない

自分だけの印象色を持つ果物

父が描いた林檎は、切ったら銀色をしていた


銀色の涙をそっと流すような 林檎の切り口は

つめたくて無機質で、同時に亜麻色で

その内に秘めた輝きには、つねに悲しみがつきまとう


父の描きかけの林檎の絵は、アトリエに残されたまま



なぜ、ぼくの家系は いつしか消えゆくの

なぜ、こどもがまだ不安定な時期に 親が何処かに消えてしまうの


父が かつて祖父にぶつけたように

その疑問をいつしかぼくが持つことになった


風を頼りに匂いを辿って ぼくは探しにいくのだろうか

父が昔、結局はそうしたように

唯一の手がかりの 父の手帳を携えて旅立つのだろうか


父は祖父を見つけて、それからどうしたのだろう

祖父は帰らず、だが父は此処に戻ってきた

少なくとも去年までは、家族と共に 玻璃の森にいたんだ


送られてきた 貯蔵林檎に染み付く

どこか宗教がかった古い匂いは、ぼくに教会を思い起こさせる


送られてきた たった一枚の絵葉書

壁一面に林檎の木が描かれた礼拝堂の絵

コリスならば、その先をつたっていけそうな見事な枝振り


いったい 何処にあるのですか


窓から斜めに光が射す時にこそ、祈りをささげるような

そんな瞬間を手繰り寄せるように、ぼくは両手を広げる


時々届く、住所のない小包が ぼくを惑わせる






*今日の1冊 「林檎の礼拝堂」La Chapelle des pommiers

 フランス・ノルマンディーにある小さな礼拝堂

 田窪恭治氏の手によって、廃墟に壁面いっぱいの林檎が描かれる

 白い壁に絵の具の層を塗り重ね、削ることで描き出される

 ガラスの色つき瓦屋根は キャンディみたいで

 透明なガラスと淡い色ガラスと光をタペストリーのように織り込む






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