第4話 霧の日曜日


霧がかった庭に降り立ち、ぐるりと回ってみる

真っ白な世界に目を凝らす

ただぼんやりと まだつめたい空気が残る 春の日曜日


重い空気が垂れ込めて ぼくを見つめている

でもぼくには、その視線の先が見えない

圧倒的に不利な状況で囲まれているのは確か


霧を払うために 風を起こそうとするけれど

それは全く無駄で、寧ろ霧が濃くなってしまう

手を出せば、蜘蛛の巣のように腕に絡み付いてくる

いつか晴れるとわかっているのに 焦るのは何故だ


霧は、短い時間の先行き不透明

ただ待っていれば いつか去って行くのに

ぼくは立ち止まれずに 先の景色を見越してそっと近づく



こどもの頃から、霧が出てくると 途端に不安になった

迷子になったら置いていかれてしまう

お願いだ 手をつないで


朝方の夢に、粉雪さんが現れた

夢の中も霧がかって、何処か遠くからピアノの音が聴こえてくる

それに合わせて彼女が踊っている

見えるのはシルエットだけ でも粉雪さんだ ぼくにはわかる


手探りで近づこうとするけど 歩けば歩くほど遠ざかっていく 

夢の中だからね どうせ掴めやしない



迷った時に、ぼくを救ってくれた音があった

それは、母さんが弾くピアノの音色

そっとしあわせをくれる 安らぎを奏でる方位磁針


練習の最後に、即興で小鳥のさえずりのように奏でる

鍵盤との遊びの時間がすきだった

そんな時は、わざと霧の中に入りたくなるくらいに

幻想に酔いたくなるこどもになった


反対方向から呼応するように もう一台のピアノの音

小鳥が小鳥に返事をするような

かわいらしいポロロンという音


それはね、粉雪さんがコトリと立てる指先

いつでも二人は、ぼくをはさんでさえずり合った

間に入ったぼくはサンドイッチの具のようで

行ったり来たり、音のキャッチボールに心を躍らせる



今のぼくには 想像力が備わっている

だからもうこの世界を変えてみせる

不安がらせても ぼくは怖がってなどいない


霧の先には白いうさぎがはねているだけだ

こっちにおいでと立ち上がったうさぎは 時計を気にしている


今日はイースター、復活祭

春分の日の後の、最初の満月の、次の日曜日

毎年、日にちがちがう ややこしい日曜日


イースターエッグをもったうさぎが 庭を駆けまわる

穴に落ちて、どこかに続く世界に通じる そんな話のように


祝う、呪う、ほんの少しちがうだけ

少女の哀しみと ほほえみほどに

どっちにも転がってしまうから


決して自分で陥らずに、決して自らを哀れまないように

気を付けながら ぼくは霧に対峙する


そうだ 君の思うようにはさせない






*今日の一枚 『ひこうき雲』の中の一曲 ベルベット・イースター

 ユーミンの荒井由実時代のファーストアルバム


 はじめて荒井由実を聴いた時の衝撃を 今でも覚えている

 友達のお姉さんが貸してくれた 大人のアンニュイな雰囲気

 今聴いても、特別の世界がそこにある

 ベルベット・イースターのピアノを何度も奏でてみた

 雨の街を 何度も口ずさんで見た 少女の頃


 アルバムの表紙は、まるで音楽スコアのよう

 教会音楽を扱うレーベル 『アルヒーフ』 のジャケットを模したもの






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