第4話 霧の日曜日
霧がかった庭に降り立ち、ぐるりと回ってみる
真っ白な世界に目を凝らす
ただぼんやりと まだつめたい空気が残る 春の日曜日
重い空気が垂れ込めて ぼくを見つめている
でもぼくには、その視線の先が見えない
圧倒的に不利な状況で囲まれているのは確か
霧を払うために 風を起こそうとするけれど
それは全く無駄で、寧ろ霧が濃くなってしまう
手を出せば、蜘蛛の巣のように腕に絡み付いてくる
いつか晴れるとわかっているのに 焦るのは何故だ
霧は、短い時間の先行き不透明
ただ待っていれば いつか去って行くのに
ぼくは立ち止まれずに 先の景色を見越してそっと近づく
*
こどもの頃から、霧が出てくると 途端に不安になった
迷子になったら置いていかれてしまう
お願いだ 手をつないで
朝方の夢に、粉雪さんが現れた
夢の中も霧がかって、何処か遠くからピアノの音が聴こえてくる
それに合わせて彼女が踊っている
見えるのはシルエットだけ でも粉雪さんだ ぼくにはわかる
手探りで近づこうとするけど 歩けば歩くほど遠ざかっていく
夢の中だからね どうせ掴めやしない
*
迷った時に、ぼくを救ってくれた音があった
それは、母さんが弾くピアノの音色
そっとしあわせをくれる 安らぎを奏でる方位磁針
練習の最後に、即興で小鳥のさえずりのように奏でる
鍵盤との遊びの時間がすきだった
そんな時は、わざと霧の中に入りたくなるくらいに
幻想に酔いたくなるこどもになった
反対方向から呼応するように もう一台のピアノの音
小鳥が小鳥に返事をするような
かわいらしいポロロンという音
それはね、粉雪さんがコトリと立てる指先
いつでも二人は、ぼくをはさんでさえずり合った
間に入ったぼくはサンドイッチの具のようで
行ったり来たり、音のキャッチボールに心を躍らせる
*
今のぼくには 想像力が備わっている
だからもうこの世界を変えてみせる
不安がらせても ぼくは怖がってなどいない
霧の先には白いうさぎがはねているだけだ
こっちにおいでと立ち上がったうさぎは 時計を気にしている
今日はイースター、復活祭
春分の日の後の、最初の満月の、次の日曜日
毎年、日にちがちがう ややこしい日曜日
イースターエッグをもったうさぎが 庭を駆けまわる
穴に落ちて、どこかに続く世界に通じる そんな話のように
祝う、呪う、ほんの少しちがうだけ
少女の哀しみと ほほえみほどに
どっちにも転がってしまうから
決して自分で陥らずに、決して自らを哀れまないように
気を付けながら ぼくは霧に対峙する
そうだ 君の思うようにはさせない
*今日の一枚 『ひこうき雲』の中の一曲 ベルベット・イースター
ユーミンの荒井由実時代のファーストアルバム
はじめて荒井由実を聴いた時の衝撃を 今でも覚えている
友達のお姉さんが貸してくれた 大人のアンニュイな雰囲気
今聴いても、特別の世界がそこにある
ベルベット・イースターのピアノを何度も奏でてみた
雨の街を 何度も口ずさんで見た 少女の頃
アルバムの表紙は、まるで音楽スコアのよう
教会音楽を扱うレーベル 『アルヒーフ』 のジャケットを模したもの
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