第10話 ぼくの中のフィルム


林檎の花は 咲きほころび

風にのって 散りゆきはじめる


くる日もくる日も、柚子さんとルウとぼくは

林檎の木の下で花を眺めていた


柚子さんは、両てのひらで そっと

舞い降りてくる花びらたちを 掬っていた


ルウは、散りゆく花びらを キャッチしようとして

そこら中 飛び回って 小さな風をおこしていた


ぼくは 寝ころんで空を見上げていた

空と一緒に花を見つめていること

こうして すきな人たちと一緒にいられること

やさしい風に 包まれている午後



ぼくは最近 しあわせな情景にいると

この瞬間 この景色を 焼き付けておこうと

心でシャッターを切って、自分の中に残そうと試みる

絶対に忘れないために


一瞬を止める


ここにまだ 両親が存在していた頃

ぼくは無邪気なこどもで

いつまでも こういう時代が続いていくと思っていた


いや、そんなことを思うまでもなく

それが自然だと思っていたんだ 疑いもなく


それが壊れた瞬間から

ぼくの中には 何本ものフィルムが 積み重ねられていった


いつまでも 同じではない

この瞬間は 永遠ではない


シャッターを切ったあと

ぼくはやっと その場所に降りることができる

空中に飛んでいった ぼくを取り戻し

ぼくがぼくである その実感を


こうして心にしまった情景を

ぼくは一人になって 時折取り出してみる

柚子さんがしていたように

手のひらにのせて 心の中から掬いだすように





 

*今日の1曲 「Worldwide」everything but the girl

 イギリス出身の2人組 Tracey Thorn + Ben Watt

 1991年発表の このアルバムは 春になるといつも聴きたくなります

 やさしくてあったかくて 野原をスキップしているような心地




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