第2章 風に揺れる花
第6話 記念日の一枚
三年前、林檎の花の満開の下
玻璃の森の教会で 二人は結婚式を挙げた
そう 柚子さんとクウヘンさんだ
風に揺れる花でいっぱいの庭
披露パーティは 花にも負けず華やかで
二人の大学時代の友だちがたくさん集まって
祝福の拍手を送っていた
それは にぎやかな一日だった
ぼくは まだ小学生で
桜の木の下に時折ことりと落ちてくる さくらんぼの実を
粉雪さんと拾っては かごに集め
どうぞって みんなに配ったりした
*
不思議だったのは
柚子さんの親戚が一人もいなかったこと
クウヘンさんに後で聞いたことがあったけど
柚子の両親は遠いところにいるから
とちょっと、言いにくそうにしていた
クウヘンさんのご両親は、もうこの時にはいなかったね
あの日、ぼくの両親はあの場所にいて
ぼくと一緒に 笑っていたのに、今はいない
もしも クウヘンさんのおじいちゃんが生きていたなら
柚子さんの花嫁姿を見て ものすごく喜んだろうな
きっとローライを覗いて、笑顔でシャッターを切るんだ
いいね、綺麗だねって
いや、きっと天国から駆けつけて見守っていたはずだ
*
朝方、ぼくは母と 庭に咲くマーガレットの花を摘み
リボンをかけた花束にして、柚子さんに贈った
ぼくが花を贈るようになったのは、母の影響だ
柚子さんは、それを抱きかかえて
嬉しそうに頬をよせてから
ぼくをふんわり抱きしめてくれたんだ
まるで 一瞬の風のように
ぼくは それだけ まだ小さかった
柚子さんは 一本だけマーガレットの花を抜いて
やはり小さかった粉雪さんの髪に結わえてあげた
とても似合っていて 花の精のようだったね
*
ぼくの家の 暖炉の上に飾られた写真
あの日の結婚式に みんなで撮った集合写真
新郎なのに カメラマンのクウヘンさんは
セルフタイマーを押して 焦って戻って来るのにつまずいて
それを見た柚子さんは、花嫁なのに笑い転げてしまって
牧師さんの横に ぼくと粉雪さんがなかよく並んで
後ろには、ぼくの両親がやっぱり楽しそうに笑っている
見るとつい微笑まずにいられない おかしな一枚
同時に、あの日の記憶で 胸がいっぱいになってしまう
記念日の一枚
*
今日、ぼくはできあがった本を携えて
玻璃の音*書房に行った
気に入ってくれるだろうか
柚子さんは、大きくなったぼくを
抱きしめてはくれなかったけど
代わりに ぼくが贈った本を 大切そうに抱きしめた
*今日の一枚 ロベール・ドアノー Robert Doisneau
ドアノーが初めて写真を撮ったのは 13才の時
借り物のカメラから、その人生は動き出した
ドキュメンタリー映画のタイトル<永遠の3秒>
成功した写真は 300枚
1枚が 1/100秒だとして、50年でたったの3秒だ
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