第2章 風に揺れる花

第6話 記念日の一枚


三年前、林檎の花の満開の下

玻璃の森の教会で 二人は結婚式を挙げた


そう 柚子さんとクウヘンさんだ


風に揺れる花でいっぱいの庭 

披露パーティは 花にも負けず華やかで

二人の大学時代の友だちがたくさん集まって

祝福の拍手を送っていた

それは にぎやかな一日だった


ぼくは まだ小学生で

桜の木の下に時折ことりと落ちてくる さくらんぼの実を

粉雪さんと拾っては かごに集め

どうぞって みんなに配ったりした



不思議だったのは

柚子さんの親戚が一人もいなかったこと


クウヘンさんに後で聞いたことがあったけど

柚子の両親は遠いところにいるから

とちょっと、言いにくそうにしていた


クウヘンさんのご両親は、もうこの時にはいなかったね


あの日、ぼくの両親はあの場所にいて

ぼくと一緒に 笑っていたのに、今はいない


もしも クウヘンさんのおじいちゃんが生きていたなら

柚子さんの花嫁姿を見て ものすごく喜んだろうな


きっとローライを覗いて、笑顔でシャッターを切るんだ

いいね、綺麗だねって

いや、きっと天国から駆けつけて見守っていたはずだ



朝方、ぼくは母と 庭に咲くマーガレットの花を摘み

リボンをかけた花束にして、柚子さんに贈った

ぼくが花を贈るようになったのは、母の影響だ


柚子さんは、それを抱きかかえて

嬉しそうに頬をよせてから

ぼくをふんわり抱きしめてくれたんだ


まるで 一瞬の風のように


ぼくは それだけ まだ小さかった


柚子さんは 一本だけマーガレットの花を抜いて

やはり小さかった粉雪さんの髪に結わえてあげた

とても似合っていて 花の精のようだったね



ぼくの家の 暖炉の上に飾られた写真

あの日の結婚式に みんなで撮った集合写真


新郎なのに カメラマンのクウヘンさんは

セルフタイマーを押して 焦って戻って来るのにつまずいて

それを見た柚子さんは、花嫁なのに笑い転げてしまって


牧師さんの横に ぼくと粉雪さんがなかよく並んで

後ろには、ぼくの両親がやっぱり楽しそうに笑っている


見るとつい微笑まずにいられない おかしな一枚


同時に、あの日の記憶で 胸がいっぱいになってしまう

記念日の一枚



今日、ぼくはできあがった本を携えて

玻璃の音*書房に行った


気に入ってくれるだろうか


柚子さんは、大きくなったぼくを

抱きしめてはくれなかったけど

代わりに ぼくが贈った本を 大切そうに抱きしめた






*今日の一枚 ロベール・ドアノー Robert Doisneau


 ドアノーが初めて写真を撮ったのは 13才の時

 借り物のカメラから、その人生は動き出した

 ドキュメンタリー映画のタイトル<永遠の3秒>

 成功した写真は 300枚

 1枚が 1/100秒だとして、50年でたったの3秒だ



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