春のものがたり
第1章 林檎の花の咲く頃
第1話 水が緩む
小川に沿って、ちいさな花を見つけながら 一歩ずつ歩く
春の散歩道は、のどかにゆっくり流れゆく時
あの冬の日に凍っていた湖の氷が、いつの間にか緩んで
こちらに向かって 少しずつ流れていることに気づく
そうだ、あの湖の冬はもう溶けたんだね
ふたりで過ごしたあのつめたさは、あの時はもう跡形も失くなって
湖面は青々としはじめた木々を映し出す 表情を変えて
*
ぼくは相変わらず 毎日学校に行く
ここに通うのもあと1年になった
来年の今頃、ぼくはどこにいるのだろう
決めるのは自分なのに、まるで他人事みたいに素っ気なく考える
*
小川を辿ると、いつしか大きな川に合流する地点に出る
そう、水の出会うところ
水が水に辿り着き、逢った瞬間に お互いを取り込もうとする
混ざり合い、吸収されてしまう場所
もう何処に小川の水があるか、わからなくなってしまう
色が付いていればわかるのに 碧や緑が光っていればいいのに
そして頑なに交わらなければ、いつまでもその色が残る
いつしか海に行くまで
*
父さんはよく、この大きな川で釣りをしていた
静かに投げるルアー 釣り糸が描き出す曲線の美しさ
日がな一日そこにいて、飽きもせずに何度も釣り糸を投げ入れる
母さんは時々様子を見に来て、花を眺め花びらを集め、詩を読む
ぼくはその時 何をしていただろうか
父が作る水の波紋を眺めて、母が読む詩を聞いていたのだろうか
森を揺蕩う、水を讃える その詩
*
粉雪さんは、もう新しい土地に馴染んでいるだろうか
ぼくの大切な人たちよ もう誰もいなくならないで
*「A River Runs Through It」ブラッド・ピット主演のアメリカ映画
フライフィッシングの美しさが印象的
このItとは、何を指していただろう
人は変わってゆくけれど、まるで川の流れは変わらないようにみえた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます