春のものがたり

第1章 林檎の花の咲く頃

第1話 水が緩む



小川に沿って、ちいさな花を見つけながら 一歩ずつ歩く

春の散歩道は、のどかにゆっくり流れゆく時


あの冬の日に凍っていた湖の氷が、いつの間にか緩んで

こちらに向かって 少しずつ流れていることに気づく

そうだ、あの湖の冬はもう溶けたんだね


ふたりで過ごしたあのつめたさは、あの時はもう跡形も失くなって

湖面は青々としはじめた木々を映し出す 表情を変えて



ぼくは相変わらず 毎日学校に行く

ここに通うのもあと1年になった

来年の今頃、ぼくはどこにいるのだろう

決めるのは自分なのに、まるで他人事みたいに素っ気なく考える



小川を辿ると、いつしか大きな川に合流する地点に出る

そう、水の出会うところ

水が水に辿り着き、逢った瞬間に お互いを取り込もうとする

混ざり合い、吸収されてしまう場所


もう何処に小川の水があるか、わからなくなってしまう

色が付いていればわかるのに 碧や緑が光っていればいいのに

そして頑なに交わらなければ、いつまでもその色が残る

いつしか海に行くまで



父さんはよく、この大きな川で釣りをしていた

静かに投げるルアー 釣り糸が描き出す曲線の美しさ

日がな一日そこにいて、飽きもせずに何度も釣り糸を投げ入れる


母さんは時々様子を見に来て、花を眺め花びらを集め、詩を読む


ぼくはその時 何をしていただろうか

父が作る水の波紋を眺めて、母が読む詩を聞いていたのだろうか

森を揺蕩う、水を讃える その詩



粉雪さんは、もう新しい土地に馴染んでいるだろうか



ぼくの大切な人たちよ もう誰もいなくならないで




*「A River Runs Through It」ブラッド・ピット主演のアメリカ映画

 フライフィッシングの美しさが印象的

 このItとは、何を指していただろう

 人は変わってゆくけれど、まるで川の流れは変わらないようにみえた





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