第36話 二通の手紙



* 粉雪さんへの手紙



君をはじめて見たのは、春の野原でした

ふんわりした女の子が しょんぼりすわって、青い小さな花を摘んでいた


ぼくはみとれてしまって、声をかけることもできず

時間が止まったみたいに、動けなくなった


きっと体の弱かった君は

砂糖さんに、おひさまにあたるのは少しだけねといわれて

ちょっと所在なくそこにいたのでしょう


君は、いつぼくを見つけてくれたのだろう

そういう透き通るような目をして


ぼくにとっての君は

あの春の日に、はじめてみた時のままの小さな女の子

手のひらの中で守るべき存在

失いたくなかった


なのに、ぼくは時々

自分を見ているような気になることがあった

鏡の中の自分のようで、傷つけたくなった


ぼくが君にしたことは 許されないことです

ぼくではだめなんだって わかっていた

ぼくでは 君を連れ出す資格はないんだ


でも、君と過ごせた日々を 大切にしていきたい

決して 君のことを忘れたくない


約束する

どんな形であるにせよ、いつか必ず会いに行くと


たとえ、粉雪さんに恋人ができても

ぼくが、誰かまたほかの人を愛することになっても

ぼくは、君をいつの日か訪ねると

 

逢いたいんだ もう少し大きくなってから 君に





* 粉雪さんからの小さな手紙



フウチくんの 柚子さんへの 恋心は

とうに知っていました

あなたが苦しんでいるのも 知っていた


それでも、そばにいてほしかった

そのきもちが一番わかるのも、フウチくんですね


出発まで、一緒にいてくれてありがとう

いつか 必ず会いに来て

忘れようと思う 大切にしたいと思う

この春までの日々を


フウチくんが はじめて私を見ていたの、知ってるの

まっすぐな目をして、こちらを見ていた


知らないふりなんかしないで、見つめかえしていたなら

何か変わったかしら、とふと思うことが あります


さよなら 風知くん







ぼくらの間には、いつも一枚のうすい氷が存在していた

ふれていても、いつもぶち当たる

時にそれは、うすい鏡のように 自分に跳ね返ってきた


たくさん謝りたかったけれど

謝ってばかりいると、もっと傷つけるようで


確かに ぼくの心にいた粉雪さんへの想い

愛しいという想いだけ伝えたかった


遠いあの寒い国に 住むことになる粉雪さん

彼女はまた 雪の結晶をつくりはじめるのだろうか


空からの贈り物ではない あの結晶たちは

万華鏡が織りなす模様のように 手をつないで

ビーズのきらめく欠片のように 光りながら

君の手から さっとこぼれ落ち 空に還って消えていった


長い時をかけて作り上げた 六花の標本

ぼくが 君の家でルーペを覗いている時

きっと粉雪さんは、いつもぼくをいとおしそうに

見つめていてくれたのだろう

感じていたその視線を 今になって想い出す


そっと ぼくの近くにきて

そっと 手を 携えたくて

それが 今ならよくわかる


いつか きっと 君に  逢いたい





こうして 玻璃の音*書房のある

森の冬は 過ぎ去ろうとしています


春の花が咲くその日まで、すこしの間おやすみ




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