第31話 雪の結晶、氷のキス


空から降ってくる雪の結晶は

剣先を下に向けて落ちてくる 尖った氷だ


ふうわりとやってきて、綿菓子の仲間の顔をしているのに

袖に落ちたその雪はもう 冷たい表情をしている


地に堕ちて 集まって 何か相談して固まる


雪の前の 水滴だった過去を なつかしく語り合っている

水色で透明なその滴たちは、空から地球を覗き見ていた同志


雪の結晶の形は六角形 水の欠片がロッコ

きっと六この水滴は、ぎゅっと手をつないで

くるくる回りながら、正確な六角形を作ろうとバランスをとる


不思議な六花の結晶が向かう先は ぼくたちの地球

空からの蒼い伝言を運んでくる使者


粉雪さんが新しく創り上げる 空ではなく地上での雪の結晶は

万華鏡の中の模様のように、ビーズの欠片のように


粉雪さんの手からこぼれ落ち、そっと輝いている 浮遊の雪花



ぼくと粉雪さんは、ほとんどの時を共に過ごした


朝迎えに行き、学校へ通い

放課後は街を散歩して、噴水公園の池の横に佇み

いつも いつも 手をつないで 一緒にいた


だから あっというまに街中の噂になった

柚子さんの耳にも入っているだろう


ぼくはここのところ 玻璃の音*書房 に寄ることはなかった

食事は 残った林檎を ずっと囓っていた



粉雪さんを 家に送り届ける前には

いつも氷った湖に行って、二人きりでスケートをした

ぼくもスケーティングが上手くなっていた


粉雪さんの手はいつもつめたくて 可哀想なくらいだった

ぼくは何度もあたためようとしたんだよ


冬のつめたい風を受けながら お互いの目を見つめ合い

気紛れに止まって、彼女を抱き止めて、頬を両手で包んだ


湖に映る薄明かりの中、ぼくから顔を近付けてキスをした

キスは だんだん長く深くなっていった


ぼくは 粉雪さんに魂を奪い取られてゆくような感覚で

そんな甘く誘惑的な気分に、すべてを委ねていた


氷った湖の底には、美しい氷の女神が住んでいて

こんなことをしているぼくらを きっといつか引き擦り込む

粉雪さんが、それを待っているのか

それともぼくが、その時を待っているのか


 このまま溺れて、行き着くところまで行ってしまおうか


そんな熱くなっていく想いとは別に

ぼくはいまだに 粉雪さんがこの手の中にいる実感がなかった

何度キスをしても君の熱を感じられずに、ただ過ぎ行く冬の日


氷の女神が ぼくの心を容赦なく吸い取ってゆく

ただ冷たくなって 堕ちていく心


 はらはらと儚げに 消えてゆく雪


月の夜は そっと待ち合わせて

かすかな灯りの中に舞い散る淡い雪を 見つめていた






* 今日の1冊 「スノードーム」 アレックス・シアラー著

  シアラーは1949年生まれ イギリス・サマセット州在住の作家

  若い科学者は「光の減速器」研究中のある日、失踪する 

  彼は不思議な物語を同僚に残す 果たしてそれはただの空想なのだろうか

  愛とはなんだろう スノードームの世界に想いを巡らせる





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