第29話 雲の上の一日


あくる日ぼくは、柚子さんにみつからないように

そおっと学校に行こうとした

顔を見られたら、昨日キスしたことに気づかれそうで



そんな朝に限って、柚子さんは道ばたにいて

ね、今日は早く帰ってくるよねって、 ぼくに問いかけた


ついでにコリスがやってきて

ポンポンと肩を叩いてニッと笑った

そして、ぼくにどんぐりを1個手渡した


笠をとったぼくはあわてて、その場にひっくり返りそうだった


そこには、まるいハートの形の苺のクリーム

コリスは満足そうににっこり笑って

そのどんぐりを持って行ってしまった


あ、粉雪さんも誘って帰ってきてね

柚子さんの ぼくを追いかける声に、心臓がどきんと鳴った



やっぱり、みんな知ってるのかな

でも、どうしてわかったのかな


ぼくは一日中、昨夜のことで胸がいっぱいで

なにをどうしていたのか覚えてない


気を抜くと、うっかり自分の唇にさわって

あの時に戻ってしまいそうで、そのたびに頭を振った


放課後、隣のクラスから粉雪さんがやってきて

一緒に帰りましょうと言ったから

クラス中の生徒たちが、目をまるくしていた


にっこり笑った粉雪さんのくちびるにばかり

目がいってしまうぼくは、どうすればいい



学校から家路に着くまで

ぼくたちは歩調を合わせてゆっくり歩いた

どこを向いていいかわからなくて

やけに真っすぐ前ばかり向いて、彼女の顔が見られなかった


粉雪さんは ぼくより小さかったから

話す時ぼくは 少し視線を下げて

小首を傾げてのぞきこむようにして、やっと君の顔を見た


今日の学校での話や、北の国の話を続けて

決して昨日のキスについて話が及ばないように

昨日の意味を聞く そんな勇気はぼくにはなかった


いつもと変わらぬように見えた粉雪さん



柚子さんと顔を合わせたくなかったのだけど

粉雪さんも柚子さんに誘われたらしく

当然のように玻璃の音*書房に向かった


クウヘンさんの姿を見かけないと思ったら

何ヶ月ぶりかの はりきりすぎた薪割りで腰を痛めて寝こんでいた


まるで昨日の林檎パーティと同じように

女性陣はなにかおいしそうなものを作っているようだった


ぼくは庭に出て、空を見上げて

ほてった顔を冷やそうと 雪を受けていた



今日が クウヘンさんの誕生日だったことに

気づいたのは、夜になってからだった


やっとのことで、部屋から降りてきたクウヘンさんを

お祝いのごちそうと バースデーケーキが迎えた

大きなロウソク2本と 小さな7本


あ、コリスが持ってたハートのどんぐりは プレゼント


ぼくは朝からの誤解を思い出し、さらに頬が赤くなるのを感じた

そして、プレゼントを忘れてしまったことにも






* 今日の1冊 「空の名前」 高橋健司著

  空には名前がある 雲にも、 雨にも、 風にも

  日本人でいることがしあわせになる1冊

  写真と共に、もう一度四季を抱きしめたくなる

  糸遊、 襟巻雲、 貝寄風、 東雲、 片々雪花、 何て読むかわかるかな

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