第27話 ぼくは薪を割らなくなった
林檎パーティが 終わって、たくさんの林檎菓子を抱え
ぼくは雪を踏みしめながら ここに帰り着いた
あたたかい処から 冷え切った自分の家に
テーブルの上にそれらを置く時、冷たい音がただ無言で響く
コトリ、たとえ ささやかな小鳥が足音を立てても
家中に雷鳴のように知らせ渡るだろう
しばらくの間、広々とした居間で ストーブの火を眺めていた
今ぼくは 一人きりで暮らしている
ぼくの両親は、いない
一年前の冬のある日、突然消えたのだ
いまどこにいるのか、生きているのかさえわからない
時々やってくる贈り物は、両親からだろうか
そうであるなら、せめて一言くらい手紙を残してくれたら
クウヘンさんは一緒にあちこち捜してくれた
警察に届けたり、心当たりに訊ねてくれたり、奔走してくれた
*
あの冬の日、夜の列車の中で ぼくはぼんやり窓を見ていた
探し疲れて 心のどこかであきらめが芽生えていた
風がすごい日で、窓硝子に
雪がカチカチっと当たっては流れてゆくさまを見て
少しずつ 一人になったことを実感していた
こんなに心が冷えていくのを感じたのは、はじめてだった
指で 曇った窓に一本の線を引いてみると
濡れた指先は即座に凍り、確かに引いたはずの線は
すぐに なかったように消えていった
窓の外の凍った 暗い世界は
どこまでも ぼくを拒絶しているかのようだった
*
柚子さんは 一人で暮らすのを心配してくれたけど
クウヘンさんは、男の子だから大丈夫と言ってくれた
そんなクウヘンさんの心づかいは有り難かった
ぼくには 一人の時間が必要だったから
今、玻璃の音*書房で、ほとんどの時間
一緒に暮らしているようなものだけど
帰ってくる場所、一人で寝る場所、ものがたりを書く場所
そんな家は、やはりぼくが ぼくである拠
ぼくは 家では薪割りをしなくなった
一人で薪ストーブを使うのは
より孤独を際だたせるようだったから
両親が いなくなった理由を
ぼくは、クウヘンさんは知っているような気がして
いつか話してくれるような気がして
時々すがりつきたくなるのを、こらえている
そんな時、庭先で ことりと 音がした
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