第21話 雨の降る午後


冬のつめたい雨が降る午後

そう、きょうは雪じゃなく、雨が降っている


降り積もった 白く固められた雪に

すこしだけ跡を残し、一瞬だけ涙型に熔かす


帰り道、ぼくの傘にちいさな音を立てて

話しかけるように 落ちてくる雨粒

傘をたたむ時、一気に終わりを告げて逃げていった



そんな雨の降る午後に

柚子さんがなつかしそうにしてくれた話


昔、国語の試験中に困ったことがおきたの

問題の作品があまりにすきになってしまって

私だけ その世界の中に取り残されてしまった

何度も何度も読んでいるうちに 時間が来ちゃって

とうとう白紙で出してしまったの


先生に呼び出されたわ

でも、心を奪われたからなんて言いたくなかった

ほんとの理由なんて誰にいえるかしら

主人公の心情を答えましょうだなんて

あの作品を前にして 冷静に作る人の気がしれないわ



 濡れはしないが なんとはなしに肌の湿る

 霧のような春雨だった


 少年が引っ越してゆく

 淡い恋を打ち明けられないまま

 写真館で一緒に撮る 記念写真

 ほんのすこし 少女の羽織にふれた時に感じたあたたかさ

 まるでそれは 抱きしめたと同じ感触

  


それは小さなみじかい話で

柚子さんは あとで作品のなまえを知った


「掌の小説」の中の「雨傘」

ずっと、てのひら だと思ってたら

たなごころ とも読むこと、クウヘンに会ってから知ったの



雨の日に傘をさすたびに 心を掴まれる想いがした


交差点で 信号が変わるまで一人佇んで 光がにじむ時

葉っぱの雨露がさっと流れて ぱんと弾ける時

犬が雨粒を体から払うように ふざけて傘を回してみる時


誰かが傘に入ってきてくれないかな

少女の頃、そんな時をいつも待っていた

まるで 恋の面持ちで 時を止めていた



雨を眺めて なにか想い出しているような

ぼくは そんな柚子さんを ぼんやりと見つめて

少女の頃の柚子さんに 想いを馳せていた

アルバムの中の ぼくと同じ年の柚子さんに


  あの頃の あなたに 会いたかった

  クウヘンさんより 先に



*今日の1冊 「掌の小説」 川端康成 著

 みじかいものがたりが集まった 珠玉の作品集

 哀しみがふれあって 匂いとともに甦ってくる


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