第20話 鏡のみずうみ


森の奥には ちいさな湖があって

冬は一面 氷が張っている


空から スポットライトが降ってくるように

円形の劇場さながら 白く輝く場所


ぼくは自分の顔を 湖面に映してみる

鏡のような透明な水面に そっと手をあてる

驚くようなつめたさに困惑しながら ほっと息を吐く

吸いこんでいくかのような 強引さを感じたから



冬はここで スケートができる


粉雪さんが やってきた


別に 待ち合わせをしたわけじゃないけど

街の人たちは、ここの存在をあまり知らないから

二人きりになっても おかしくはない


正確にいうと

コリスも そこでくるくる回っていたのだけど


彼女はさすがにバレリーナなので スケーティングが上手だ

真っ白なケープのコートが 粉雪さんにはよく似合う

少し上気した桃色の頬をくるむ 白いファー


彼女が回ると 雪のかけらも一緒に回って

硝子のエレベータで上昇したまま 連れていかれそう



ぼくはといえば、クウヘンさんのお古のスケート靴で

立っているのが やっとのこと

手を引いてもらって ぎこちなく進めた


  でも 時折、風をみつけると

  ふっと体が 軽くなり

  やわらかい線を描くように すべることができる


  そんな時は、まるで 騎士のような気分で

  粉雪さんを ふわりと抱きしめる


君にとって ぼくはほんとうに必要ですか


時々ぼくは とどかない恋をすてて

君とどこかへ 行ってしまいたくなります




*今日の1冊 「みずうみ」 テオドール・シュトルム著

 ドイツの叙情作家 シュトルムの小説

 二人だけでいると 話が途切れてしまって苦しい

 月を浴びた一粒の滴が落ちるかのように

 みずうみのほとりで失った 若い恋のものがたり




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