第17話 揺れ動く別世界


クウヘンさんが撮ってくる 白黒のフィルムは

おじいちゃんも使っていた 暗室で現像される


時折ぼくは そこに入れてもらう

ここでの工程は 背筋を伸ばして立ち会う儀式のようだ


暗室といっても 真っ暗じゃないんだよ

黒にオレンジがかった灯りは 犯行現場的

瞼に焼き付きそうな 妖しい色


フィルムを手探りの中 パトローネから引き出し リールに巻く

銀のボトルの中で かしゃかしゃ攪拌かくはんされたフィルムには

世界を映し撮ってきた証拠が残る


  雪 ゆき 白 ひやり

  森の木々たちが 誇り高く そこへ棘を刺す



選ばれたフィルムが ネガキャリアに挟まれる

フォーカスコープの上で照らされる わずかな時間


ゆったりとした液体に浸された印画紙

その名も 月光という名の

深い海の底に旅立つ前のように 息を止める


希釈された液体たち 現像液 停止液 定着液

その名を呼ぶと いつかの夜汽車を思い出す

停止駅 定着駅 到着駅 どこまでも

ゆらゆらゆっくり像が浮かび上がる ある景色


なぜ クウヘンさんの写真には

風が全て吸い込まれて音を失くしたように

時を越えて流れていく 何かがあるのだろう


白も黒も なぜか雄弁だ

カラーより寧ろ色の数があるかのように

濡れ羽色 降り積もった雪色

雪はただ白ではなく 幾つもの表情を持った色


コントラストが硬いと 引き締まった静けさ

軟らかいと 甘い夢見るロマンス

ここで いつまでも見つめていたい



*今日の人 アンドレ・ケルテス Andre Kertesz

 心からのため息と共に敬愛する ハンガリー出身の写真家

 私にとって宝物の写真集 彼の写真を手に届くところで見つめたい

 *「水面下の泳ぐ人」

 泳者の身体がまっすぐ伸びた一瞬を 対角線の構図で捉えた写真

 揺らぎきらめく水面から こちらに飛び出してきそうな リアル

 



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