13 垂らされた糸

「寧のおばあさん、すごいね!」


 電話の向こうで、結が興奮している。


「おじいちゃんも、おばあちゃんも、お父さんも、お母さんも、みんな感心してた!」

「え……みんなで出たの?」


 四人とも?


「うん! だって、みんな寧のこと好きだもん! こういうことは数も物を言うんだって、勢い込んで出て行ったのに、笑顔で帰ってきたよ! スカっとしたんだって! 他の人がいっぱい、いっぱい責めたのに、やり込めたって! あのね、ふふっ、おじいちゃんが声真似して教えてくれたの。えっとね……『その噂とやらは、誰から聞いたんだ。近所か。子どもか。あんたたちは、ちゃんと確かめたのかい。真実を見ようとしたのかい。人に求める分だけ、己で動いたんだろうね。聞いた、聞いたと言う者ばかりだが、その目で確かめようとした者がいるなら、出て来ておくれ』って! 寧、聞いてる?」


「う、うん。聞いてるよ」


 結の声真似、似てないな……


「そこでね、誰かが『被害者の子は、落とされたって言ってるじゃないか!』って言ったんだって。被害者って……おかしいよね?」

「あ……うん、そうだね」


 被害者、か……


「で、それで、おばあさんはね……『自分で落ちたと言っていた頃は穏やかな顔をしていた子どもが、落とされたと言い出す頃から突然、思いつめたようになった。あんた、これをどう思うね。理由があるとは思わないかい。そんなことは知らなかった、では済まされないよ。わしは己で見極め、あんたはただ人の話を聞いただけだ。あんた方は、責任を求めるだけで、誰も本気で真実を求めようとしていない。なぜなら、わし以外の誰ひとり、このことについて動いた者はいないからさ。自分の子どものときだったら、やれると思うのかい。今だって、自分の子どもにも関わりがあるじゃないか。だから、ここにいるんだろうが。学校に行きたがる子どもを、ただ家に閉じ込め、それで幸せを守っているつもりなのかい。人に聞くだけで済ますつもりの人間が、どうやって自分の子どもに向き合うんだ。わしは向き合い、己で動き、そして見極めた。わしは、孫を信じる』…………ってー!」


 大興奮だ。

 こんな結は珍しい。


「よく覚えたね。そんな長い話を」

「うん、だって……寧に聞かせたかったから」

「そっか…………。うん。聞かせてくれて、よかった。よく、分かった。……ホント」


 よく、ね。


「え? う、うん……」

「ありがとう、結」

「うん!」


 居間に戻ると、十岐は素知らぬ顔でお茶を飲んでいた。

 私は、酔って騒がしい妖怪たちに目を向けながら、隣に腰を下ろす。


「己で動いたなんて、全部見えてるだけなのに、嘘ばっかり」

「方便と言いな」


 十岐は、こちらを見もしない。


「油断するなと言ったはずだよ」

「…………うん」

「話を聞いたなら、もう分かってるだろ」

「……うん」

「証拠などない。お前がやれるのは、あの子の気持ちを動かすことだけだ。だがこれは、骨が折れるだろう。わしは、尻拭いはしてやった。あとはお前がやりな」

「……うん」


 まだ、二月の終わり。寒いだろうな。

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