14 密やかに

 一組の保護者たちは、十岐の得体の知れない威厳にやられた。

 久し振りに、教室に少し活気が戻っている。

 ただ、いきなり全員とはいかない。まだ数人程度で、それに白石さん――いや、宇田川先生側の女の子たちは来ていなかった。


 二組はと言うと、阿尊くんの威光によって何ら荒れることもなく、奥様方はむしろ深刻とは程遠いものだったらしい。

 まあ、ほとんど男性の保護者だった一組に対して、二組は全員が奥様だったらしいから、元々の目当てが阿尊くんだっただけなのかもしれない。


三雲みくも、まだ腕吊ってんのか」

「ああ、うん。もうちょっとね」


 何日か振りに会う男子に聞かれて答えた。

 少し前に外そうとしたら、止められたのだ。

 十岐曰く「あまねの子はもっと丈夫なものだが、お前は順調に行かなかった分、体が不安定で弱いんだよ。だからすぐぶっ倒れるし、治りも遅い。肩はまだしばらく安静が必要だ」だそうだ。

 丈夫だったら、無茶しても倒れることもなく、怒られることもなかった。

 損した気分を、拭えはしない。


「何、のん気に勝手なこと言ってんのよ! どっか行きなさいよ! 脳みそ腐ってんじゃないの? ふん、お気楽なもんよね、調子のいい」


 鼻息荒く男子を追い払った環を、私は、結がいないのを確認してから教室の隅に引っ張った。

 小声で聞く。


「あのさ、白石さんの家の場所、分かる?」

「知ってるけど……」

「教えて。あと、このことは黙ってて。私と環だけの秘密」

「秘密……え、ええ、いいわよ? 黙っててあげる」


 ツンデレ環には、この手が有効。


 今朝早く、私は、ビーに千草ちぐさ小の先生全員の顔を覚えるように言った。覚えたあとは、環から聞いた場所の様子を見てもらった。

 そんなビーへのご褒美の餌は、今朝のうちに赤鬼に頼んでおいた。


 学校から帰ったあとは、昨夜同様、はらだしの特訓をした。

 何とかイケそうだ。

 サトリには怪しくない服を着せ、十兵衛ちゃんには猫になってもらった。

 青行燈は出番なし。あったとしても、動いてはくれないだろう。ただ、口止めは十分にした。

 朧には家にいてもらう。朧までいないとなると、もしも来たときに、恐らく不自然に思われるから。

 念には、念を。

 もう、「いつも裏目、滅法下手くそ」は返上する。


 時刻は夜の七時半。

 閑静な住宅街の一番奥。そこに建つ家のインターホンを押した。


「はい」

「こんばんは。あの、私、三雲寧と言います。杏子さんのクラスメイトです。夜分にすいません、杏子さんとお話がしたくて来ました」

「……帰ってください。杏子は、誰にも会いたくないと言っています」

「あっ、家の横で待ってますから! 気が変わったらと、伝えてください」


 ブツっ。

 返事はなく、インターホンは切れた。

 母親だっただろうか。


 私は、玄関先を離れた。

 幸いにも、ここは人目につきにくい場所だ。白石さんの家を正面に見て、左側は空き地がひとつあり、向こうは竹やぶになっている。道の向かい側の家には売家の看板が出ていて、これもラッキーだった。


 私がこれから過ごすのは、白石さんの家の側面。空き地側の低いフェンスのところ。街灯もあまり届かず、他の人に見つかることはまずないと思う。


「寧ちゃん。あたいはどの辺にいたらいい?」

「え、だから、あっち。あっち見張って」


 猫の十兵衛ちゃんが小声で聞いてきて、竹やぶの方を指差す。


 来るな! 向こう見張ってて! 誰か来たときに考えを読んで、先生とかだったら上にいるビーにサインを送ってって言ったでしょ!

 道の向こうから近づいてきたサトリに頭で伝えると、しぶしぶ去っていった。

 ……大丈夫かな。


 昼間ならビーに全部を任せてもいいかもしれないけど、夜ではそうはいかない。鷹は、フクロウみたいに夜目が利く訳じゃない。

 それでも連れてきているのは、意思の中継役のためだった。


 もし、白石さんや親御さんから、私が来ていることを誰かに伝えられてしまったら、それはもう仕方がないと諦める。だけどそうならないうちは、誰にも知られない方がいいのだ。

 特に、結。きっと、寒空の中を一緒に待つと言うだろうから。

 そして、銀ちゃん。多分……止められるから。


「はぁ……寒い」


 吐く息が真っ白になる。夜になって、気温はぐっと下がっていた。

 九時まで待って、カチコチに固まった体で帰った。

 明日は、カイロを増やそう。

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