12 疑惑の人

 次の日、学校に向かう道の途中で、結が待ち構えていた。


「寧! 大丈夫!?」

「うん、この通り。ちゃんとしてもらったから」

「よかった……」


 休んだりしたら、泣きそうになっているこの子を、もっと心配させただろう。


「ごめん。……ありがとう」

「ううん! いいの!」


 やっと笑顔になった。


「おうちの人にも迷惑かけたんだよね。謝らないと……」

「大丈夫だよ! でも心配してたから、言っとくね」

「それから……白石さん、骨折と打撲はあるけど、あとは大丈夫って……そう聞いたから、安心して」

「そう……。よかった。ほんとに……」


 また涙ぐんだ。


 教室でも先生から説明があり、みんなホっとひと息ついた。

 私の怪我の心配をする駿太しゅんたがどこかギクシャクしていたのは、多分、靴のことが引っかかっているんだろう。


「自分で白状したのか」

「……うん」


 放課後、アシュリーと結に、昨日の昼のことを話した。白石さんが話した内容も。


「杏子ちゃん……自分を責めてるんだね」

「自業自得だな」


 二人は対照的だった。


「あと、寧はもうちょっと鍛えた方がいいよ。そんな細っこいから、脱臼なんかするんだ。道場、来る?」

「……考えとく」


 アシュリーの申し出に答えた。


 お見舞いは、数日たって落ち着いてから、改めて話をもらうことになっている。

 昼に銀ちゃんから聞いた話では、ご両親はしっかりした人たちで、子どもの間で行き違いはあったにせよ、怪我の直接の原因ではないことを、分かってもらえたということだった。

 白石さん自身も、自分で落ちたと言っているそうだ。


 私が責任を感じるのは分かるけど、お見舞いのとき、親に余計なことは言うなと釘を刺された。靴のことも賭けのことも言っていないから、そういう話は当人同士でやれ、と。

 見た感じでは、今の白石さんは「私と話し合える」状態で、私や駿太のことも気にしていたらしい。

 私は三日間、お見舞いに何を持っていくか、どう話をしようか、考えていた。


「えっ、どうして」

「会いたくないんですって」


 宇田川先生は、困ったような顔をした。


「そんなはずは……」

「きっと、いろいろ考えて気持ちが変わったのね。お見舞いは諦めた方がいいわ。数日後には退院できるし、無理に行く必要はないでしょう。大人しくしていなさいね」


 廊下でそう告げたあと、去っていった。


「何で、急に……」


 私は、銀ちゃんに確認を取った。

 嘘ではなかった。急に固く口を閉ざし、親にも理由を話していないのだそうだ。

 無理強いをできる状況じゃないから、今は動くなと言われた。


 そのことで私が思い悩んだ翌日、白石さんのグループのうち、二人が休んだ。

 次の日には、さらにひとり。

 そのまた次の日、全員、来なくなった。


「おい! 今、職員室で聞いちゃったんだけど、三雲が! あ……の……白石……突き落としたって噂が、流れてるらしい……。それで今日……親とかから確認の電話が、いっぱいかかってきてるって……」


 教室に、息を切らして飛び込んできた男子。

 目が合って勢いのなくなっていく言葉を聞き終わる前に、私は椅子を倒して立ち上がっていた。


「ちょっと! 何、言ってんのよ! そんな訳ないでしょ!」


 たまきが怒鳴った。

 結は、目を見開いている。


「いや、でも、それだけじゃなくて…………白石のことの前から、三雲がクラスを壊そうとしてるって噂があって……だから、前から電話、かかってきてたらしいぞ。お、俺は、さっき立ち聞きしただけだから、知らねえけどな」

「下らない! そんなこと、するはずないじゃない! ねえ?」


 側にいた女の子に、環は言った。


「環、私も聞いたんだ……」

「私も……。近所で噂になってる」


 え……


「俺も聞いた。まさかと思って、気にしなかったけど……」

「実は、俺も」

「私も……」


 ほとんどの子たちが、下を向く。


「何それ。バカじゃないの? あんたたち、本気にするわけ!?」

「落ちるとこ、見た訳じゃないし」


 誰かが、ぼそりと呟いた。


「誰! 誰が言ったの! 出てきなさいよ!」

「環、やめて。いいから」


 激昂している環を、右手で押しとどめる。


「だ……だって、こいつら!」

「いいよ、仕方ない。見てないものは、分からないよ」


 次の日、自分は突き落とされたと、白石さんがはっきり証言したことが伝わり、それから四年一組では、欠席者がどんどん増えていった。保護者たちが、人に危害を加えるような子どもとは、一緒にいさせられないと言って。


 残った子たちも、私によそよそしくなった。

 無視をして冷たい態度をとる子や、ひそひそと内緒話をする子たち。

 何も変わらないのは結と環だけだったけど、二人を私から遠ざけて、孤立させようとする子もいた。

 突き落とされた気分だった。




「あいつ、本当のこと証言してないのか!? ……なら、私が口を割らせる」

「ダメだよ、アシュリー。今さら駿太が証言しても、私を庇っただけだって、大人たちにねじ伏せられて終わりだと思う」


 ちょっとは有りかと思って考えてみたけど、それが関の山だろう。

 それに、駿太は何かひどく恐れているし、私との間には、しこりができている。


「じゃあ、どうする」

「それは……」


 一体、どうして白石さんは……

 やっぱり、私を許せなくなったのか。


「私、昨日、杏子ちゃんの家に行ってみたの。退院したって聞いたから……。でも、会ってもらえなかった」


 結でも会えないなんて……


「説明会、明日の晩だろ。母さんが激怒してる。このまま行って、もし他ん家の親が寧を責めたら、そいつを張り倒しかねないよ。それに……リュカまで行く気なんだ」

「……ごめん」


 みんなを巻き込んでいる。


「謝るなよ! 寧のせいじゃない」


 いや、私が引き起こした。


 学校は、対応を迫られた。

 子どもを休ませる親と、そのせいで学級崩壊になることを懸念する親。何がどうなっているのかと説明を求められ、明日の晩に集会が開かれることになった。一組から飛び火することを恐れた、二組の親も一緒に。


 それまでにも先生たちは、休んでいる子どもの家を回って説得を繰り返し、頻繁にかかってくる電話に追われ、目まぐるしい日々を送っていたのだ。

 疲れた先生たちを見る度、胸が苦しくなった。


「とりあえず、母さんのことはまきに頼むよ。あの人なら、止められるかもしれない。だけど、リュカには寧から電話をしてほしい。私じゃ止められないんだ。ご褒美をぶら下げてみてくれ」

「……分かった。何か考えるよ」


 それくらいで償える訳じゃないけど、自分に何かできることがあるのは、少し、救いだった。


「助かる。あとは、この事態をどうするか」


 みんな、黙ってしまった。


「あの……ね。どうしたらいいかは、分からないけど……」


 結が、迷いながら言う。


「私には、杏子ちゃんが本気で寧のことを怒ってるなんて、どうしても思えない。きっと……何か事情があるんだよ。何か、きっと……」


 沈黙のあと、アシュリーが口を開いた。


「じゃあ、その何かが出てくるかどうか、私も探ってみるよ」


 結局、何も出て来ないまま、説明会は開催された。

 答えは、そこにあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る