7 お呼ばれ -雲上

 昨日、結から電話があった。


「明日、ね……。もし、予定がなかったら……家に来てくれない?」

「明日? 結ん家に?」

「う、うん……あのね! 寧のこと話したら、おばあちゃんが呼びなさいって……」

「え? ……私、何かしたかな」


 結は一体、何を話したんだ。ひどい悪事はしてないはず……

 あ、でも仮病は使った。結にはあとで謝ったが、あれか?

 いや、合唱祭か? やり過ぎだったとか――


「ううん! 違うの! そうじゃなくて、前からよく寧の話をしてたの。私が友達の話をすることなんてあんまりないから、寧のこと気になったみたいで……。ずっと招待しなさいって言われてて、でも私、なかなか言い出せなくて。そしたらおばあちゃんが……今、電話しなさいって…………。急に、ごめんね! ……ダメかな……」


 しょ、招待。何か、緊張する言葉だ。


「や、大丈夫、だけど」

「本当!? よかったー!」

「う、うん」


 ということで、今日は午後から結の家に行くことになっている。

 寝正月に飽きた妖怪たちはどこかへ遊びに行って、家の中は静かだった。


「寧、ちょっとおいで」

「何?」


 十岐が、自分の部屋から私を呼んだ。

 顔を覗かせると、鏡台の前に立っている。


「ここにおいで」

「え? うん」


 私を鏡に向かって立たせると、後ろから着物を羽織らせた。


「ちょっと大きいが、ああ、悪くないね」

「これは……?」


 白地にだいだいの水紋。そこに大きな牡丹、菊、梅などの花と松の枝。扇や手鞠の柄も描かれている。

 鮮やかな中にも、どこか落ち着いた感じがした。


「長がわしに託したんだよ。お前にとな。これは、凪子なぎこが子どもの頃に着ていた着物さ」

「えっ! お母さんの!?」


 私は、鏡に映った姿を見つめた。

 これが、お母さんのものだった。お母さんが袖を通したものを、私が着ている――


「そうさ。まだ早いかと思っていたが、今日はこれを着てお行き。せっかくの正月のお呼ばれだからね」

「い……いいの?」

「いいに決まってるだろう」


 早めに昼ごはんを食べたあと、着付けをしてもらった。

 慣れない着物で少し苦しいけど、そんなことより嬉しくて仕方なかった。嬉しくて、ふわふわと雲の上を歩いているような心地だ。

 鏡の前で、横を向いたり後ろを向いたり。じっとしていられなかった。


 十岐はそんな私に苦笑した。


「もういいだろ。迎えが来たよ」

「迎え?」


 廊下から足音と声が聞こえてくる。


「どこだ、ばあ様。ったく、俺はアッシーじゃないぞ」

「アッシーは死語だよ、歳がばれるぞ。ここだ」

「ほっといてくれ。年齢不詳のあまね様に言われたくな……」


 襖を開けた銀ちゃんが、私を見て言葉を止めた。


「な……ぎ………………いや、寧、か……?」

「ふふん、驚いたか。こうしてみると、よく似ているだろう、幼い頃の凪子に」


 私を見たまま、銀ちゃんは言葉を失っていた。


 今、見間違いそうになった? 驚いてる?

 小さい頃のお母さんをよく知る人が、そこまで反応するなんて――――

 嬉しくてくすぐったくて、気恥ずかしくて、私は一層ふわふわし出した。

 天にも昇る気持ちとは、このことだろうか。もしも本当に天に昇っても、お母さんの着物を着ている今なら、何の文句もない。


「そんなにお母さんに似てる……かな。……似合ってる……?」


 袖を上げて見せたら、なぜかちょっと視線を横に外した。


「あ……ああ。に、似合ってるな」

「何、照れてんだい、子ども相手に。この子は凪子じゃないよ」


 バンっ!


「ゲホっ! ゴホっ!」


 いつの間にか近寄っていた十岐に背中を叩かれ、銀ちゃんは思いっきりむせた。




 立場上、個人的に私に関わっていることは、あまり人に知られない方がいい。銀ちゃんには、途中まで送ってもらった。

 結の家の場所は、ちゃんと事前に聞いて知っている。


 歩いている間に、十岐が車を出させた理由が痛いほど分かった。着物を着ると、歩幅が狭くなって歩きにくいのだ。

 慣れない私にはこれが結構きつく、それでも何とか辿り着いてみると、かわいらしい結から連想した私の想像と、その家は大きく異なっていた。


「ここ、だよね」


 上を見上げ、左右も見渡す。

 高い塀と、目の前には格子の門。

 隙間から見えるのは、立派な日本家屋。

 いかにも敷居の高そうなこの家の表札は「桐生きりゅう」。


 ……間違いない。

 よし。覚悟を決めて、インターホンを押…………せない!

 厳格な祖父母が、結にできた友達を品定めする。という妄想を消すことができないでいると、三分たっただろうか、正面の玄関が開いた。


「あっ、寧! 来てたんだ!」


 ちょこちょこと小走りで向かってくるのは、花柄の赤い振袖を着た結だった。


「今、来たの? 寧も着物だ!」

「う、うん……まあね」


 結構前からいたなんて、言えない。


「明けましておめでとう。今年もよろしくね」

「うん。明けましておめでとう。こちらこそよろしく」


 私はやっと、中に入ることができた。

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