6 お正月
年末の煤払いは、順調に進んでいった。
煤払いとは、つまり大掃除のこと。だけど、この家では本当に煤を払う。囲炉裏の火があるからだ。
天井の担当は、赤鬼。脚立なんか当然いらず、恐ろしいスピードで瞬く間に終わってしまった。
「休むんじゃないよ、はらだし!」
「ひえっ! ご勘弁をぉ、あたしはもう動けませんよぅ」
鬼監督の目が届かないところなどなく、妖怪たちも私も十岐にこき使われた。お陰で家の中はピっカピカ。
終わってまずやったのは、黒光りする床に転がることだった。
赤鬼はその後も、しめ縄を作ったり、竹を切って門松を作ったり、全てにおいて嬉々としてやっていた。人のために働くことが好きなのだ。鏡餅と正月用の餅をつくときも、ほとんどひとりでやってしまった。
つき立てのお餅を、黄な粉、砂糖醤油、大根おろしなどと一緒に食べまくったが、おすすめは断然、お汁粉。餅がさらにとろけそうに柔らかくなって、これ絶品。
正月の準備が何もかも整った大晦日。
年越し蕎麦を食べながら、除夜の鐘を聴いた。
山の上に寺などない。一体どこから聞こえるんだろうと思いながらも、侘び寂びに浸っている私の周りでは、一時間前からカウントダウンが始まっている。
「あと、十五分!」
「十四分!」
「十三!」
何も一分ごとに言わなくていいだろう。うるさい。
しかし、これには理由があった。「今年の分は全部飲みきったんだから、年が明けるまではお預けだ」と、十岐が禁じているのだ。
つまり、待っているのは新年よりも、お酒。
「五、四、三、二、一!」
「明けましておめでとーっ!」
「今年もよろしくお願いいたしますー!」
「酒ー!」
「お
賑やかな正月。
私は、少し感慨深い。こんなに大勢で祝う新年は、初めてだから。
そして同時に、父と二人の正月もまた幸せだったことを思い出す。
障子を開け放ったガラス越し。
月の光が、降り積もった雪を淡く照らしている。
「いろいろあったが、わしにとってはいい一年だった。銀治にとってもそうだ。あやつが張り切っておるのは、久し振りのことなんだよ。お前はどうだい。いい正月を迎えられたかい?」
十岐が、静かに聞いた。
「うん……。すごく、いいお正月だよ。おばば、今年もよろしくお願いします」
「ああ、よろしくな」
十岐の丸い顔が、満月みたいだった。
静けさと賑やかさが共存する場所。
ここが、私の居場所。私の、家。
囲炉裏の火がパチパチと燃えて温かく、寄り添っている朧からも体温が伝わる。
ちょっとだけ、泣きそうになった。
「ああっ!」
バシャっ。
何かが顔にかかった。
「これは、申し訳ありません、寧さん! あたしのおててったらまぁ、どうしたんでしょうねぇ、滑るなんて……」
いっぱい口に入った。
「はらだし! もう、このすっとこどっこいが! 寧ちゃん、大丈夫かい?」
「ああ。うん。大丈夫。あの、これさ」
「はい、お屠蘇ですよぅ」
はらだしが身をくねらせ、上目遣いで言った。
ああ、やっぱりね。
感傷に浸り続けられないのが、妖怪たちと暮らす者の宿命。
そのあと私はやけに楽しくなって、芸者をやっていたという十兵衛ちゃんに踊りをせがんだような、はらだしの腹話術で、笑いすぎて死にそうになったような。
はっきりとは覚えていない。でも、楽しかった。
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