2 プレクリスマス -大人一名追加

 冬休み前の休日、昼前。結と私は学校の前にいた。

 今日は、プレクリスマス。

 家を知らないので、アシュリーが迎えに来てくれることになっている。

 プレゼントはいらないと言われていた。気軽に来て欲しいからと。


「遅いね。何かあったのかな」

「うーん」


 約束の時間は過ぎている。しかし、学校の電話を借りようかと思ったとき、道の向こうに二つの影が姿を現した。

 ……二つ?


「ごめんねー、遅くなっちゃって。寧、久しぶりー。あ、君が結だねー。初めて話すね、よろしくー」

「う、うん……よろしく」


 駆けてきたリュカは、私と結の手を握る。

 結は及び腰。


「何でリュカが? いいの? 学校の前はマズくない?」

「そのせいで遅くなったんだ。止めたのに」


 少し遅れて到着したアシュリーに私が聞くと、リュカを睨んで答えた。


「ああ、そういうことか……。じゃあ、早くここから動いた方がいいよね」

「それが……な……」

「どうしたの?」


 アシュリーが、バツの悪い顔になった。

 リュカが周りを見渡す。


「あれー、まだ来てないねー」

「来てないって?」


 そこへ、ロードバイクで颯爽と現れたのは――


「遅れちゃった。お待たせー」


 阿尊あそんくんだった。


「わー、まきちゃん、何それ? かっこいー!」

「あれー、知らなかった? 僕は、学生のとき自転車のロードレースをやってたんだよ。今はどこに行くのもこれだよー」

「そうなんだー! 後ろに乗せてー」

「うーん、できないんだ。ごめんねー」


 間延びした言葉の応酬。

 これは一体……


「あの日、寧の返事を早く聞くために、リュカが携帯にかけてきてさ……。それ、槙に聞かれた」

「げ」


 アシュリーは、ため息をついた。


「花火はダメでも、家なら問題ないだろうって、今度は混ぜてって言われてさ。それを通話口からリュカが聞いてて、乗り気になってその夜、母さんにまで言ったんだ。母さん、槙のファンでさ…………こうなった」


 私は、結と顔を見合わせた。

 いいのか、それ。

 いや、よくないだろ。阿尊くんに言わなきゃ……


「あのさぁ、阿尊くん。今時、児童の家に上がりこむって問題にならない?」

「そんなこと言わないで、ピアノの連弾やろうよ。楽しいよー」

「え……? 連弾……?」


 何それ……やったことない。

 ピクピク、ムズムズ。

 指が動いた。


「そうだよー、寧。アニメの曲もいっぱい弾いてよ。家にCDあるからさー。一回聴いたら弾ける?」

「う、うん……多分……」

「やったー! じゃあ、行こ!」


 私、気がついたら、双子の家に向かって歩き出していた。




「ただいまー! お母さーん、連れてきたよー!」

「いらっしゃーい。ようこそー」


 マンションの一室。

 玄関から続く廊下に現れたのは、双子の母。

 プラチナブロンドの髪、ブルーグレーの目。そして何と言うか、縦にも横にも……ボリューミー。


「あなたが寧ね? 最近、アシュリーが楽しそうなの。あなたのお陰よ、ありがとう。あなたは結ね、まあかわいい。日本人形みたい。ああ、先生! 今日も素敵! 心が洗われるようだわ! 何て嬉しい日なのかしら! さあ、どうぞ上がって」


 先に立って部屋へ案内する。流暢なマシンガントークに、こちらが入る隙はなかった。

 かつては相当な美人だったことを思わせるチャーミングな笑顔とトークで、自分のペースに全てを巻き込んでしまうこの感じは……間違いなく、親子だな。


「入れ替わってること、母さんにだけは内緒なんだ。二人と先生は、私との繋がりでリュカと知り合ったってことになってる。気をつけてくれ。ああ見えて、怒ると怖いから」


 ぞろぞろと廊下を行くとき、後ろにいたアシュリーが、私と結に耳打ちした。


「う、うん」

「わ、分かった」


 あのアシュリーが恐れるなんて、よっぽど怖いんだ。

 でも「母さんにだけ」って何だろう?


 通された部屋はシックかつシンプルで、私としては意外だった。自分でも気づかないうちに、双子の母の様子からカントリー調をイメージしていたらしい。

 広いLDK。床や家具はウォールナットの色で統一されて、大きなソファは黒。テーブルランナーや置物で、赤を効かせているのがお洒落だった。

 色だろうか、家具の形だろうか。何がどうとは分からないけど、なぜかほんのりと和のテイストが漂っている。

 置かれた派手で大きなクリスマスツリーが、これまたなぜかそこにしっくり合っていた。


「いい匂いですねー」

「今日は、特別大事なお客様ですからね! 腕によりをかけたのよ! さ、みんなどうぞ座って」


 阿尊くんに言われてさらに嬉しそうな双子の母は、大きな体を軽やかに動かす。テーブルに並べられたのは、どれもボリュームたっぷりの美味しそうな料理だった。


「日本では、チキンにケーキでしょう? でもアメリカは違うのよ」

「ターキーでもないんですね」

「そうなの! えらいわ! 結は、頭の回転が速いわ!」


 日本語でアメリカのオーバーリアクションだと、余計大げさに感じるのはなぜなのか。


「ターキーは感謝祭に食べるから、クリスマスには違うものを食べるんだよ。家庭によっても違うんだろうけど」

「へぇー、そうなんだ。てっきり――」

「早く食べようよー! お腹空いちゃった」


 てっきりターキーが主流なんだと思ってた、と、アシュリーに返す前に、リュカの言葉で賑やかな食事が始まった。

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