3 プレクリスマス -新田家の遺伝子
メニューはゆで卵入りのミートローフ、マッシュポテト、グリーンビーンキャセロール(インゲン豆のグラタンみたいなもの)、フルーツサラダ、ディナーロール、チーズボール(その名の通りボール状になったチーズで、クラッカーですくって食べる)など、私には馴染みのないものがたくさんあった。
中でも、エッグノッグという飲み物は欠かせないらしい。
結が目を丸くした。
「甘くて美味しい!」
「ほんと、甘い。何だろ……ミルクセーキみたいな感じ?」
「うふふ。クリスマスにはこれがないとねー」
「母さん。ブランデー入れたね。弱いのに」
私に笑いかけた双子母の顔が、ほんのり赤くなっている。
アシュリーは渋い顔だ。
「ちょっとだけよ。大人の楽しみ。先生と私だけー」
「なるほどー、洋風の玉子酒ですね。でも僕、自転車だから、困ったなー」
「先生、大丈夫! 今日は、ダーリンが早く帰ってくるのよ。自転車も、車に積んで送ってくれるわ!」
「そうですかー。じゃあ、遠慮なく」
豪快にドンと胸を叩いたのを受けて、口をつけた阿尊くんは、
いいなあ、お酒。チーズとクラッカーがあるから、飲むならワインだな。
……飲めないけど。
私は今、悲しい
いや、まあ、それ以前の問題かもしれないが。
仕上げのデザートは、チョコレートアイスの乗った、熱々のアップルパイだった。
アイスが溶けて絡んで、冷たさと熱さが口の中で一緒になっていく。
双子母の腕は確かで、それにきっと、日本人の舌に合わせてくれているのだろう、出された料理はどれも美味しかった。
食事をしながら、たくさん話した。学校のこと、私や結のこと、双子のこと。そして双子母の、阿尊くんがいかに素晴らしいかという熱のこもった演説も……いっぱい聞いた。
「寧、CD聴こうよ」
お腹いっぱいになったあと、双子の部屋に案内された。
机とベッドが二つずつ、離しておいてある。すっきりシンプルな方と、物がいっぱい散らかっている方。どっちが誰か、明白だ。
ピアノはこの部屋にあった。
「あれ? ここにあるってことは、二人も弾くの?」
「ううん、お父さんが弾くんだ。やらせたかったみたいなんだけど、僕とアシュリーは、からきし」
「そうなんだ」
リュカと私と、阿尊くんも混じってCDを聴く。
「もしかして、結はチェスやる?」
「あ、うん」
「やっぱりな。オッケー、やろう」
アニメと戦隊ものの主題歌なんて興味のないアシュリーは、結を誘った。二人はリビングで盤に向き合い、双子母はお片づけ。
みんなそれぞれ好きに動いて、何だか楽しい時間だった。
「嘘だろ。負けた……」
「えへへ」
三十分後。
チェスの勝負は結に軍配が上がり、双子母は片づけを終え、CDを聴き終わった私たちと一緒に、ピアノの前でみんなが集まった。
新たに焼きあがった、クリスマス仕様のクッキーが用意されている。
私はまず、リュカのリクエストを次々弾いた。
リュカは大喜びで、振り付きで歌いまくり、双子母は「グレイト」を連発した。
そんな二人に、アシュリーはうんざりした顔をしていた。
そして次は、クリスマスの曲を阿尊くんと連弾した。オーソドックスなものから、ポップスの定番まで。
ひとりでは出せない音の厚みに、私は夢中になった。
みんなもピアノに合わせて歌い、双子母は合間に「アメイジング」を連発した。
間違いなく、今までで一番のパーティーだった。
「ああ、間に合わなかったか」
「残念だわ、あなたにも聴かせてあげたかった! すごく上手だったのよ!」
そろそろ日も暮れるからお開きにしようとしていた頃、双子の父が帰宅した。
私は疑問を持った。
凹凸のなさそうな細い体と、眼鏡をかけた優しそうな顔は、日本人と言えなくもない。でも髪と目は薄い茶色で、肌は白人みたいに色素が薄かった。
「お父さんもアメリカ人?」
アシュリーに問う私の小さな声を、双子父が聞きつけていた。
「いや、日本人だよ。私の血筋に外国の人がいたようでね。先祖返りなんだ。母は浮気を疑われて大変だったらしい」
そう言って笑う。
「君が寧ちゃんだね。初めまして。お噂はかねがね聞いているよ。今日は、ピアノを聴けなくて残念だった。また来て、今度は私にも聴かせてもらえるかな」
「あ、はい」
手を差し出されたので、自然に握手してしまった。
「あのウィッグは、お父さんが作ったんですか?」
「ほう……! よく分かりましたね。さすが、妻が入れ込むだけはある。いかにも、私が用意したんです」
「えっ?」
帰りの車の中。
阿尊くんと双子父の会話に、私と結は驚いて二人を見る。
「小学生で、あれはちょっと無理があるかなーと思っただけです。アシュリーが後ろの二人に、お母さんにだけ内緒って言ってるのが聞こえたもので、あーじゃあ、お父さんだなーと」
「いや、素晴らしい洞察力だ。アシュリーも安心だな」
双子父は満足気にうなずいた。
一緒についてきたがった双子は、家に残された。
理由はリュカの宿題。
できていないならダメだと、母の雷が直撃したのだ。アシュリーが恐れるのも納得の怖さだった。あの迫力は、思い出してもやっぱり怖い。
そしてアシュリーはというと、リュカに宿題を教えなさいと命じられ、完全なとばっちり。これまた怒りのオーラを発して、怖かった。
今頃、
いや、考えるのはよそう。
「二人を別々の学校に入れると決めたのは、妻でね。私は反対したんですが、言い出したら聞かないものですから。でも、やはり少しかわいそうで、片棒を担いだ訳です。あの子達なら、大丈夫だと思っていましたし」
「そうですねー、上手くやってますよ」
「そうでしょうね。あはははは」
常識をものともしない、この柔軟性。リュカそっくり。
でも、だとしたらアシュリーは?
「あれ、寧ちゃんと結ちゃんが大人しくなってしまった。引かせてしまったようだ」
双子父と、バックミラー越しに目が合う。
「あ、いや! そうじゃないです! お父さんとお母さんに、リュカがそっくりで……アシュリーは、どちらに似たんだろうって考えてまして」
「何だ、それなら妻だよ。そっくりじゃないか。見ただろう? あの怒ったところ」
「ああ……なるほど」
恐るべきは遺伝子の力か。
その後、結と阿尊くんの家へ向かう曲がり角で、私だけ降ろしてもらった。迎えが来ているはずだからと。
ずっと、ビーがそのことを伝えてきていたのだ。
今日は、久しぶりに
ああ、道の先に、白い狼が見えてきた。
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