9 里 -目

 門の外はやはりと言うか、時の道ではなかった。

 細い道の両側には、古い民家が並んでいる。どの家にも傍らに大きな木が立ち、屋根を覆っていた。

 蝉や鳥の声が聞こえる。


「こちらです。参りましょう」


 長は、先に立って歩いた。

 進んでいくにつれ、だんだんと洋風の家や新しい家も多くなっていく。どこにでもありそうな風景。でも木が多く、やはり家々の上空を覆っていた。

 ここまでずっと、人影が見当たらない。


「誰も、いないですね」

「いつもはもう少し賑やかですよ。子どもたちもよく遊んでいますし。凪子も、かつてはそうでした」


 お母さんも、遊んでいた場所。

 そう思うと、感慨深かった。


 やがて大通りに出ると、手前の小さな建物よりもまず、少し離れたところに建つ大きな建物が目に飛び込んできて――――

 唖然となった。

 くすんだ茶色い建物の上に、青々とした枝葉がこんもりと茂っている。


 ああ。そうか。きっと、ツタかなんかだ。

 思おうとしたけど、どう見ても、しっかりした枝が張り出していた。

 屋上に、木が、生えている。

 それもその建物だけではなく、見渡すと、大きな建物の上は全部同じだった。


「あれは何ですか!? 何であんなところに木が……」

「初めてでは、驚かれるのも無理はありません。あれは、言わば目隠しです」

「目隠し?」

「はい。この里は山間やまあいにありますので、ひずみが不安定になったときの目隠しに、山の木々を配置しております」

「歪み?」

「お聞き及びではありませんか」


 一体、何のことか。


「そうですか。実は、この里は空間の歪みの中にあるのです。大昔のあまね様が、人の立ち入らない山奥にあった歪みを見つけた、もしくは自らで作った、などと伝えられております。その歪みはごくまれに広がって、外の人間の目に付きやすくなります。……山歩きをする者が迷い込んでくるのも、そんなときです」


 ということは……ここも異次元なのか? そんな所に里が?

 にわかには信じることができず、長が間に見せたほんのわずかなためらいの意味を、今は考える余裕がなかった。


「あの建物は病院なので面白いものではありませんが、興味がおありでしたら、中をご案内致しましょう」


 病院に向かいながら、私は辺りを見回した。

 道は、車も通れるように広くなってはいるが、土のままでどこにもコンクリートなど使われていない。段差はなく、街路樹が車道と歩道を分けている。

 道沿いに並ぶ建物は、お店らしい。しかしどれも目立つ看板などなくて、何を売っているのか分かりにくい。外観も年月を経てくすんでいたり、色を抑えたものばかりで、何と言うか、地味だ。


 でもさすがに大通りとあって、離れたところにようやく、ちらほらと人の姿も見ることができた。洋服だ。

 里の人全部が着物を着ている訳ではないと分かり、少しだけ安堵する。


 こちらに向かって歩いてくる子連れの若い女性が、長に気づいて会釈をした。

 恐らく、里の人ならそうするのが常なのだろう。長も手を上げて応えていて、何のことはない光景に見えた。

 しかしそのあと私に視線を移した女性が、驚いたように口に手を当てた。


「お目継めつぎ様……! ああ、本当にお目継ぎ様が里におられる!」


 女性は手を合わせ、拝むように頭を下げる。連れていた幼い子どもも、同じように小さな手を合わせた。

 さらに後ろから来ていた中年の男性も、私と目が合うと同じ反応をした。


「お目継ぎ様! よかった……本当によかった」


 何、これ……

 何……言ってるの……?


「騒ぐでない。控えていよ」


 長が制すると、人々は手を合わせながら道をあけた。

 戸惑う私を、長は先へと促す。


「お目継ぎ様とは、あなた様のこと。あまね様の目を継がれるお方、ということです。寧様、お忍びがよいのであれば、十岐様に頂いた眼鏡をお掛けくださいませ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る