4 夢うつつ

 何か聞こえる。

 目を開けようとしたけど、できなかった。腕も、足も、何も動かない。

 どうしたんだろう。


「よいのか、お十岐。小娘が死のうが、我にとっては与り知らぬことだが、お主にしてみれば大事な後継ぎであろう。このようなやり方をしていれば、身がもたぬぞ。まるでボロ雑巾ではないか」


 これは、青行燈の声、か? 私のことを話しているんだろうか。

 よく分からない。頭が、ぼうっとしている。夢を見ているのか。


「いいんだよ。この子はこれまで、自分を取り巻く状況にただ流されて生きてきて、悪い癖がついちまってる。ここに来てからだって、面白くもない人生を、仕方なく生きている気でいるんだ。こういう癖は、なかなか直らん。ゆっくりと手ぬるいことをやるより、これくらいで丁度いいのさ。色々あった方が、楽しいだろ」


 十岐……笑ってるのかな……

 上手く聞き取れない。頭が重くなっていく。

 ああ……眠い……

 意識はまた、闇の中へと落ちていった。




 誰かが、私を呼ぶ声がした。

 分かったよ。聞こえてるから、そんなに大きな声を出さないで。今、起きるから……


「あーっ! 寧ちゃんが目を覚ましたー!」


 まっ先に目に飛び込んできたのは、美しい十兵衛ちゃんの顔だった。

 バタバタと足音が近づいてくる。


「ホントか! 寧、大丈夫か」

「よかったですよぉ、心配しましたよぉ」


 サトリと、はらだしだ。

 何をそんなに騒いでいるんだ。枕元で、騒々しい。


「っ……?」


 変だな、上手く声が出ない。風邪でも引いたんだろうか。


「お前、何をのん気に呆けてるんだ。本当に大丈夫か? おかしくなったんじゃないだろうな?」


 私がおかしい? サトリ、何を言っているんだろう。

 ああ、寝起きで頭が回らない。何か、ぼうっとする。


「何言ってんだ、お前! 危なかったんだぞ」

「あたいが帰ってきたときには、死んだように寝てたんだ。びっくりしたったらないよ。心配で仕方ないのに、うるさいから近づくなって、昨日はお十岐に止められてさあ。もう、気が気じゃなかったよ」

「どうしてあたしがいないときに、厄介なことに巻き込まれるんですかねぇ。お役に立ちたかったのに。それにしても、何なんです? あの鳥は。やれ、うるさい」


 鳥? 鳥って何の……


「!」


 そうだ! 私は、ヒナを助けようとして……!

 とっさに起きようとしたが、体が重くて上手く動かなかった。腕の支えが効かず、上半身を起こすことすらできない。頭を動かしただけで目眩がする。


「やっと思い出したか。大丈夫だから寝てろよ。聞こえるだろ、あのうるさい泣き声。お前が助けたんだってよ」

「ピイーエ、ピイーエ」


 これが、ヒナの声。

 ああ、そうだ。この声に呼ばれて、私は目を覚ました。

 どこにいるんだろう。ヒナの元気な姿を見たい。


「慌てるんじゃないよ」


 そう言って部屋に入ってきたのは十岐だった。妖怪たちを押しのけてベッドの脇に陣取ると、再び起き上がろうとしていた私の口に何かを押し込み、水で流し入れる。

 抵抗できない早業だった。


「っ!?」


 怪しいものを飲まされたんじゃないかと、心中うろたえる私の額に、十岐の乾いた温かな手が優しく置かれる。

 すぅっと、心が静まった。

 気持ちいい……

 私はまた、眠りに落ちて行った。

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