3 大地の力

 ヒナを抱いて、ベッドの上にいた。

 このつぶらな瞳が開くまで、離さないと決めた。

 きっと、伝わるはずだ。

 この家で初めて目覚めたときの、朧の温もりを思い出していた。


「でも、それで、どうすれば……」


 懐のヒナは、ぐったりと動かない。

 やはり、死ぬ運命に……?


 途方に暮れそうになる心を奮い立たせる。

 十岐は、私も大地の力をもらっていて、誰かにあげることができると言っていた。手を当てるんだと。

 信じろ、十岐を。人知を超える、十岐の言葉を。

 ヒナを両手に包み、私は意識を集中し始めた。


 あげる。

 私の力を、全部あげる。

 だから、目を覚まして。

 元気になって。


 目を瞑り、必死に祈り続けた。

 本当にヒナに宿るよう、ただひたすら、力を与えるイメージを繰り返す。

 何の手応えがなくても、幾度となく心が揺らぎそうになっても、続けた。

 何百、何千、何万回。

 汗が頬を伝って流れ落ちる。腕は痺れ、感覚がなくなっていた。

 限界を超えた疲労で、意識が飛びそうになる。


 しかし、どのくらいそうしていたのか、ハっと気がつくとヒナの様子がおかしかった。


「え……」


 息を、していない……?

 体はまだ温かい。でも、耳を押し当てても、心臓の音が聞こえない。


「そんな……」


 嘘、だよね。生きてるよね……

 ……間に……合わなかった……?


「い、嫌だ…………死なないで……………っ!!」


 パア――――――――――っ!


 突然、私の胸から青い光が放たれた。

 心臓や肺が、焼けるように熱くなっていく。

 苦しみの中、ゆっくり、ゆっくりと、皮膚を通り抜けるように現れ出たのは、光と消えてしまった、あの深い青色の勾玉だった。


「どうして……」


 熱に浮かされたように、手を伸ばす。

 しかし、触れることはなかった。指先の向こうで、勾玉はスゥっと下に動き、床に沈んでいく。

 辺りから光は消え失せ、シン、と静まり返った。


 薄暗い部屋で、言葉も動きも失い、勾玉の消えた一点を見つめる。

 何も起こらない。

 そう思った次の瞬間、床一面が青く光った。一斉に、ゆっくりと上に伸び始める――


「これ、は……草……?」


 透けるような草が徐々に丈を伸ばし、一面に作られていく青い草原。

 風もないのにさわさわと揺れ、小さな胞子のようなものが葉先から立ち昇り始めたその様は、思わず見とれてしまうほどにきれいだった。


「あ……」


 ベッドを通り抜けて足に触れたものから、何かが流れ込んでくるのが分かった。分厚いジーンズを透かし、私の足がボウっと青く光る。自分が発光体になったような光り方だった。


 辺りの草は、丈を増すほど一層しなやかに揺れ、私は青い草原に座っている。

 体の光は、ゆっくりと足から胴体、肩へと広がり、半袖のTシャツの袖口を抜け出た。腕の皮膚を透かして見えたもの、それはありとあらゆる血管を通る、青い光の筋だった。


 私の中に、輝く青い血が流れている。

 余すところなく栄養を運ぶように、流れていく。

 これが――――


 大地の力。


 青の光が、私に教えてくれている。数多の光の筋が、ゆっくりと、確実に、腕から手へと進んでいくのが私にも見える。

 ああ、よかった。ヒナにも流れていくだろう。この手の中のヒナにも、ようやく。もう大丈夫だ、これで――


「え……」


 しかし、指先まで流れた光は私の思いを裏切り、また腕へと戻って体を廻った。


「どうして!?」


 時間がない……!

 戸惑いと焦りが私を襲う。

 しかし、必死にそれを押し込めた。

 落ち着け。あと少し……あと少しで、ヒナに力を上げられるはずだ。


 十岐の言葉を、もう一度ちゃんと思い出す。

 そうだ、違う。勝手には流れていかない。自分で、どうにかしなくちゃならない。

 私は、光の流れをヒナへ向けようとした。

 自分が何をどうしようとしているのかなんて分からない。何の説明もできない。

 ただひたすら、力を込めた。


「くっ……!」


 重い。

 自分の中の流れを、今は見ずとも感じ取ることができている。でも、それが思うように動かせない。流れに逆らおうとすると、まるで油粘土のように、固く、重く感じる。

 もう、限界が近づいていた。


 ……嫌だ。

 ヒナが、死ぬなんて。小さな体から、この温もりが失われていくなんて。

 絶対に…………助ける!


「行……っけえ――――――っ!!」


 最後の力を振り絞った。

 堰を切ったように、手の平から青い光が流れだす。次から次へと、ものすごい速さでヒナの体に注がれていく。秩序も何もない、荒れ狂う濁流だった。

 溢れ出た力で瞬く間に覆われ小さな体が、青くまばゆい光の玉となり、伸び続ける草原が、全てを呑み込んでいく。


 最後の最後まで力を流しつくす直前、私は力尽きた。

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