5 脱出 -脱線
「あの……どこに行くんですか」
家に向かう道ではなかった。今や、見たこともない景色の中を走っている。
最初は疑わなかったけど、だんだん不安になってきていた。
「あ? ああ、ちょっとドライブに付き合え」
「え……」
「あのな……そんな警戒すんなよ。俺はこれでも、お前たちを預かる身だぞ。それに、ばあ様にも了解を取ってある」
「おばばに? そう、ですか」
だったら大丈夫、か。
十岐の話が出てようやく落ち着きを見せた私に、校長は少なからず傷ついたようだった。
どこを取っても校長らしくなどないのだから、仕方ないと思うのだが。
車は間もなく、高速に乗った。
もう、行き先はどこでもいい。ただ走って帰る、それだけでもいいと思った。乗り心地がいいとはお世辞にも言えないボロボロのジープだけど、スピードが気持ちいい。
助手席の窓の外を、無機質なフェンスが流れていく。
「半分は本当に具合が悪いんじゃないかと思ったが、大丈夫みたいだな」
ふいに校長が口を開き、現実に引き戻された気がした。
「あ……すみません」
「いや、元気ならそれが一番いい」
私は、運転する校長の横顔をじっと見る。
「あの……どうして保健室に?」
一児童が保健室で寝ているくらいで、何で学校の責任者である校長が現れるのか。しかも、私の荷物まで持って。
十岐の差し金だろうか。
「ああ、そいつは、
校長は笑った。
「石山、さん?」
「あの保健室のおばさんだよ。俺が頼んでおいた。もしもお前がサボりにきたら、知らせてくれってな」
「えっ! 私が保健室に行くって、分かってたんですか!?」
「まあ、他にも山は張ったが、そのうちのひとつに、こうしてお前がかかったって訳だ」
見抜かれたことはショックだった。でも、何の意図でここまでするのか、それが分からないことへの不安と疑問の方が強い。
「お前のばあ様はスパルタ方式かも知れんが、何でもひとりで
校長はまた、
石山本願寺って、織田信長の攻撃に、耐えに耐えた寺のことだ。
それは、何かすごい気がする。少し、石山先生への興味が湧いた。
「さて、と。ちょっと早いが、飯でも食うか」
ボロ車は、車線を変更してサービスエリアへと入っていった。
何でもいいと言われたので、私はここぞとばかりにジャンクなフードを頼んだ。
アメリカンドッグにピザまん、仕上げはバニラとチョコのミックスソフトクリーム。何となく、贅沢な気分。
「ガキだな。もっと栄養のあるもん食えよ」
そう言う斎藤校長は、大盛りラーメンとチャーハンを食べた。
自分だって、それのどこが栄養を考えたメニューなんだか。ほぼ、炭水化物と脂肪だろう。
食べ終えると、また高速を走った。
しばらくすると一般道に降りて、今度は山道に入っていく。と言っても、細く入り組んだようなものではない。車二台がすれ違える、ちゃんと舗装された道路だった。
随分、上がったと思う頃、気が付けば車の数も少なくなっていた。
左側の脇に生える木々が少し途切れ、その向こうに止めてある車が微かに見え隠れしている。そんな場所をいくつか通り過ぎたあと、ジープも左折した。
車が数台は置けそうな、ちょっとした空間だった。周りは木に囲まれている。
「前に通りかかったとき見つけたんだ。本当は夜景がきれいなんだが、お前を夜まで連れ回す訳にはいかねえからな。まあでも、昼間の見晴らしもいいぞ」
車を降りて、道路とは反対側に向かう校長のあとに続く。
少し歩くと、急に木が途切れた。
「わあ」
張り出した岩肌の山の
地形に遮られず、向こうまで見渡せるような眺め。いつもベランダやハンモックから見ている自然の多い景色とは、また違う良さがある。
これは確かに、夜景がきれいだろう。
いつか行った函館のような、人が作り出す光の街が見えるような気がした。
「待て、待て!」
先の方へ進もうとした私の腕を、校長が引いた。
「あんまり端に行くな。前に来たときは柵があったんだが……同じ場所じゃないらしい。危ないから下がってろ」
「あ、はい」
それからしばらく、私たちはそこに座ってただ景色を眺めていた。
街の景色は、建物の波だ。向こうに見える大きなビルには、どんなテナントが入っているんだろうとか、あれは何かの工場っぽいとか、そんなことを考える。
想像することが、また楽しかった。
「よっ、と」
校長が立ち上がり、我に返る。
「あ……もう、帰る時間ですか?」
「はは、気に入ったのか。まだいいぞ。俺はちょっと電話を入れてくるから、お前はここにいろ。ついでに、車から飲み物を取ってきてやるよ」
その言葉に甘えることにした。子どもらしく、素直に。ここは、余計な気など回さずにいればいいのだろうと。
しかし、ものの数分後、戻ってこない校長が気になり始めた。
電話って何だろう? 学校だろうか。もしかして、私に関わることかな。今日のこれが、迷惑になってるんだとしたら……
一旦、気になったら、景色に集中できなくなってしまった。
「やっぱり、見に行こう」
「君、何してるの?」
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