3 少年は無敵

「あっちの山のとこに住んでるんだよね?」


 引きずられたまま正門の前に出ると、リュカが聞いてきた。


「……そうだけど」

「じゃ、送ってくよ。行こっか」


 手を引いて左の方へ歩き出す。

 どこまで一緒に来る気だ。


「あ、あのさ、リュカの家はどの辺なの?」

「ん? あっち」


 指差したのは後方だった。


「反対じゃない!」

「うん」

「うんって、じゃあ、ここでいいよ。リュカも帰って」


 よかった。反対方向で。断れる。


「つれないなあ。僕はいつこっちに来れるか分からないんだから、もっと寧と話したいよ」

「いや、ほら、遠いし」

「じゃあ、途中まで」

「でも、誰かに見つかったら変に思われて、変装がバレちゃうかもしれないし」

「んもう、じゃあこれでどうだ。はいっ! 行くよーっ! じゃーんけーん」

「えっ、えっ」

「ポンっ!」


 条件反射。思わず出してしまった、パー。

 リュカは、チョキ。

 やられた……


「僕の勝ちー。さあ、行こうか」


 満面の笑みで、私を引っ張って歩いていく。

 この子はこの先、世の中を渡っていくのに、悩むことなんてないんじゃないだろうか。壁にぶち当たっても、気づきもせずに進んでいく、そんなリュカを難なく想像できてしまう。

 私には、逆立ちしてもできない芸当……

 いろんな意味で、ため息が出た。


「分かった! 分かったから……手、離して」


 これだけは譲れない。あまりにも自然すぎて、ずっとこの状態でいたことを忘れていたけど、考えたらこれも確実に十岐ときに見られているのだ。

 恥ずかしすぎる。

 気づいた今となっては、もう耐えられない。


「ええー! じゃあ、腕組む?」


 一層まぶしい笑顔をキラキラさせて、楽しそうなリュカ。

 恐らく九割の人間は、その笑顔にハートをわしづかみにされて、イチコロだろう。

 約一割、私みたいな偏屈は――――絶句。


「リュカ!」


 鋭い声が響いた。

 振り返った先、少し離れたところに、制服姿の少年が腕を組んで立っている。白シャツの肩に入ったエンブレムと、グレーの上品なチェックの短パンが、いかにも私立の小学校といった様子で、その顔はリュカと瓜二つ。

 今度こそ、本物のアシュリーの登場だった。


「あちゃー、見つかっちゃった」


 リュカが、いたずらがバレたときのような声を出した。


「リュカの学校、今日、半日で終わった。知ってて言わなかったな」


 低く抑えられたトーンだった。

 大股で近づいてきたアシュリーの目が、細められている。


「あれ? そうだった? あー、明日、何か式典があるから、準備で短くなるんだったっけ。忘れてたなー。でも、楽でよかったでしょ?」

「平日の昼間に制服でうろつけない。入れ替わったのが母さんにバレるから、家にも帰れない。どこが楽なんだよ」


 さらにアシュリーの目が細くなっていく。

 静かに溜まっていく怒りが見えるようだ。爆発しそうな火山が、目の前にあるような感覚。

 怖い。


「あははー。ごめんねー」


 プチっと、キレる音が聞こえたような気がした。


「この××××××××××××!」


 私には聞き取れなかったけど、大変きれいなネイティブの英語で、多分、大変汚い言葉を言ったんだと思う。洋画では聞いたことがあるような言葉は、生で聞くとえらい迫力だった。


「ダメだよアシュリー、女の子がそんな言葉使っちゃ」

「誰のせいでイライラしてると思ってるんだ!」

「あっ!」


 首を振るリュカに、アシュリーが飛びかかった。

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