4 少女は男前
「え……」
止める間も術もなく固まった私が見たものは、ケンカとはかけ離れた代物だった。
次々と繰り出される無駄のない打撃と、紙一重でそれを流す受けとの攻防。
これは、空手? 拳法? 演武ってやつか?
本気でやっているのが分かるのに、示し合わせたように二人の動きが合っている。まるでカンフー映画みたいに、見ていて面白いと感じるほどの完成度だ。見事としか言いようがなかった。
私は口を開けたまま、ビーのことも忘れていた。
「くそっ」
しばらくすると、アシュリーがパっと飛びのき、闘いは唐突に途切れた。
精工で、そうは見えなくとも、多分かつらだろうショートのブロンドをかき上げる。
仕草に、もう戦意は感じられなかった。
「ホント、やりにくいったらないよ」
「え? すごかったよ。二人の動きがぴったりだった」
「ぴったり合うから気に食わないんだよね、アシュリーは」
本当にかっこよかったのに、どういうことだろう。素人には分からない何かがあるんだろうか。
アシュリーはため息をついた。
「言っとくけど、リュカの実力なんて大したことないんだ。私より弱い人にも、いつも負ける。なのに、私とやるときだけこれだよ。やってられない」
「仕方ないよねー、双子だもん。あんまりシンクロするもんだから、ときどき自分が僕かアシュリーか、分かんなくなる」
なるほど、双子だとそんなことも起こるのか。
と、妙に感心している私をよそに、二人は話を進める。
「それは、リュカの頭がボケてんだろ」
「ひどいなあ。そんなこと言って、アシュリーだって一緒じゃない」
「私は、リュカみたいにお気楽で生きてないんだよ」
「えー、おっかしいなー。こないだだってさー」
「あー! うるさい、うるさい!」
目で見ても、全く同じ顔が二つ。耳から入ってくるのも、全く同じ声。
双子たちが言い合っているのを見ていて、だんだん私の頭はこんがらがってきた。今日知り合ったばかりで、まだ慣れていない。
どっちがリュカで、どっちがアシュリーだっけ。ひょっとしたら、ひとり二役演じているんじゃないだろうか。
幻覚でも見ている気になって、頭を振った。
いかん、こんなことをしている場合じゃなかった。帰ってビーの様子を見なければ。
「あのー、お取り込み中みたいだから、私は帰るね。じゃあ……」
聞こえるか聞こえないかの小声で断りを入れると、そーっと後ろを向いて一歩踏み出した。
「待って」
「待った」
リュカに右手、アシュリーに左手を、同時に捕まれた。
完全なる左右対称。
びっくりしてしまった。リュカはまだ分かるけど、アシュリーにまで引き止められるとは、思いもしなかったからだ。
「アシュリーが乱暴者だから、寧が嫌になって帰っちゃうじゃん。ほら、謝って」
「リュカだって、付きまとって迷惑かけてただろ! 見てたんだぞ」
「僕のことはいいんだよ。ほらほら、ずっと寧のこと気になってたんでしょ。声掛けたかったんでしょ。早くしないと帰っちゃうよ」
アシュリーは不本意そうだったけど、それを押し込めてクールな顔になった。
多分それが、私も度々目にした普段のアシュリーなのだろう。
「明日、学校で会おう」
それだけ言うと、リュカを引っ張って踵を返す。
「それだけ? それだけでいいの? ちょっと男前過ぎない、アシュリー? ていうか、僕は寧と一緒に帰る約束があるんだけど。せっかく仲良くなったし、なかなかアシュリー入れ替わってくれないから、次いつ会えるか分かんないよね。あ、そこの木の影で着替えようよ。ダメ? じゃあ、学校のトイレは? こっそり入れば、分かんないんじゃないかな。ねえ、聞いてる? この手、離してくれないかな。最近、また力が強くなったよね。鍛えすぎじゃない?」
リュカの声が、遠ざかっていく。
「ハハ……帰ろう」
ようやく解放されて、私は家路を急いだ。
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