2 少年のミニスカート

 校舎から離れた、校庭の片隅。そこに数人のクラスメイトとリュカ、そして私がいた。

 思い思いに校庭や遊具で遊ぶ子どもたちは、私たちには目もくれない。

 辺りに先生たちの姿はなかった。


「私たちも、一年生のときに引っかかったんだよ」


 ひとりの女の子が言った。


「そう、みんなリュカには騙されてるんだ」

「ね。分かんないよ、だってそっくりなんだもん」


 頷き合っている。


「あの、じゃあそのアシュリーって子は?」

「アシュリーは、今日は僕の学校だよ。僕たちは、別々の学校に行ってるんだ」


 私が聞くと、リュカが口を開いた。


「別々? どうして?」

「見分けがつかないと面倒だからって。ひどいでしょ? 僕は私立の学校。面白くも何ともないんだよ。お金持ちの、お行儀のいい子ばっかで。僕かアシュリーかだったら、アシュリーの方が向いてると思うんだよねー。しっかりしてるからさ」


 アシュリーがしっかりしているのなら、やっぱり私が感じていた印象は間違いじゃなかったのだ。


「でもアシュリーも、僕の学校よりこっちがいいんだって。担任がまきちゃんになってから余計に楽しそうで、最近じゃこうやって入れ替わるのも、なかなか許してくれなくなっちゃった」


 槙ちゃんとは、槙田阿尊まきたあそん先生の事だ。主に女子が「槙ちゃん」、男子が「槙」って呼んでいるんだと思う。

 そう言えば、「先生」と呼ばれているところを見たことがない。


「まあさ、槙ちゃんを好きになるのは分かるけどね。ちょっと妬けるけど、僕が霞むくらいかっこいいし」


 張り合う気持ちでもあるのだろうか。しかし私の目には、リュカはかっこいい男というよりも美少女に映っている。

 ポニーテールにミニスカートじゃ、仕方ない。


「それに槙ちゃん、すごいんだよねー。僕とアシュリーの見分けがつくんだ。初めてだったよ、そんな人。誰も分かんないのにさ」

「えっ! バレてるの!?」


 先生には内緒じゃなかったのか。クラスの女の子が、今朝そう言っていたのに。


「槙ちゃんだけね。だって、どんなにアシュリーの演技をしても、バレちゃうんだもん。何で見分けられるのか、槙ちゃんにも分かんないらしいんだけど。でも大丈夫、黙っててくれるから。ていうか、一緒に楽しんでるね、槙ちゃんは」


 い……いいのか、それで。仮にも学校の先生が、そんなことを黙認って。

 でも、あのキャラクターを思い出せば、何となく違和感がなかった。

 女の子たちも相槌を打つ。


「ホント、槙ちゃんってよく分かるよねー。一卵性双生児って言ったって、こんなにそっくりな双子いないんじゃない?」

「今日だってうちのクラスに来なかったら、私たちもアシュリーだと思ってたよ」

「そうそう、アシュリーは絶対、来ないし」

「絶対、来ない?」


 女の子たちは、気まずそうな顔をした。お互いの顔を見合ったあと、ひとりがおずおずと切り出す。


「あの……その、ね。アシュリーは、宇田川先生のこと……あんまり得意じゃないみたいなんだ」

「ああ、嫌いなんだよね」


 濁した言葉を、リュカがひと言で一瞬のうちに濾過した。

 何か問題でもあるの? みたいな顔で。


「……そうなんだ」

「うん。ちょっとでも関わりたくないんだって。えーと、何て言ってたかなー。ああ、そうだ『気にくわねえくそ女』だってさ」


 汚い言葉も爽やかな笑顔で言うリュカ。ギャップが怖い。

 言ったのはアシュリーということだけど、アシュリーは女の子だ。なお怖い。

 他の女の子たちも、固まってしまっている。


「へえ……」


 何て言っていいのか、相槌の打ちようもなかった。

 私も宇田川先生とはなぜか雲行きが怪しいのに、その上に人のいざこざにまで巻き込まれないに限る。ここら辺で、切り上げた方がよさそうだと思った。家で待っているビーのことも気になるし。


「あ、私、もう帰らないと。じゃあ、またね」


 そそくさと引き上げられるはずだった。

 が、気がついたときには手を繋がれていた。あっという間に。ものすごく自然に。


「僕も一緒に帰る。デートしようよ」

「はっ? デート!?」


 小学生が、何を言って――


「えー、リュカ、私たちはー?」

「ずるーい! 私も手を繋いでー」

「うん、今度ね。そしたら僕は、両手に花で帰れるんだ、楽しみだなー。じゃあねー」


 取って置きの笑顔で女の子たちを振り切って、リュカは走り出す。私を引きずって。


「きっとねー」

「約束ねー」


 遠ざかっていく、カラフルな声。


 私は、唖然としていた。

 一体、何なんだ、この鮮やかな女のさばき方は。ホントに小四の子どもか? それとも外国仕込みで、どっかの国では、子どもでもこれがスタンダードなんだろうか。

 いや、さては、あれか? フェミニストってやつか? 日本人がやったら、ただ気持ち悪いだけの気障きざな言動。外国の血が入った上に、容姿のいい者にだけ許される特権。

 それがたとえ……ミニスカートをはいた女装少年だろうと。

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