第二章 瞳の奥にあるもの

第6話 死神の目的

 僕は今、女の子に呼び出されて校舎裏に来ていた。僕ら二人の間に重たい空気が流れている。目の前の彼女は覚悟を決めているように見える。しかし、その覚悟は好きな人に勇気を出して告白するんだ★みたいな覚悟ではなく、もっと重大な覚悟に見えた。そしてその重大な覚悟におそらく僕がかかわってくるのは状況から読める。さらに言えばそれが明るい話ではないことは明らかだ。


「話があります」

死神の鎌を持った桃花ちゃんはそう言う。僕は彼女に続きを話すように促す。


「あなたもワンダーセブンの一人だったんですね」

「そうだね」


 昨日僕がとっさについた嘘。生き残るために仕方なく付いた嘘だけれど、僕のおかげであの怪物を倒したのに嘘をついたことを謝るのは癪にさわるのでそのまま彼女の言葉を肯定した。


「5月5日、ひかりちゃんが行方不明になった日。あなたは何をしていましたか?」


 確か桃花ちゃんはひかりちゃんと友達だといっていた。疑われている?どうやら彼女はひかりちゃんの失踪が誰かの手によるものだと考えているらしい。そして僕も容疑者の一人というわけか。


「うーん、その日は確か、妹と買い物に行っていたな」


 という妄想をしながらダラダラしていた。別に特別話せるようなことをしていたわけでもないし、記憶もあいまいだ。しかし、そんな答えでも彼女にとっては問題なかったようだ。


「そうですか」


 そう言って桃花ちゃんは制服の姿に戻る。大きな死神の鎌もどこかへすっと消えた。死神の格好をやめたっていう事は僕を信用したということなのだろうか。自分で言うのもなんだけど、なんのアリバイもないに等しい。そもそも僕に妹はいない。あっさりと警戒をとく彼女に拍子抜けしてしまった。そんな僕を放っておいて、桃花ちゃんは語りだす。


「ワンダーセブンをすべて倒したものにはあらゆるものが与えられる。それは確かに正しいのですが、一つ大きな間違いがあります。いえ、誤解と言うべきなのでしょうか。それはワンダーセブンを一人倒すだけでも得られるものがあるということです。そしてすでにその報酬を手に入れたものがいます」


 つまりワンダーセブンの中の誰かがすでに倒された?けど死んだ生徒なんて一人も……。いや、一人いる。いなくなった生徒が。


「まさか!ひかりちゃんもワンダーセブンだったのか⁉」

そして報酬を手に入れたということはひかりちゃんはほかのワンダーセブンに倒された?


「はい。ワンダーセブンの中にほかの全員を倒そうとしているものがいます。おそらく、最近流れている噂もそいつが意図的に流したのでしょう」


 七つの不思議を制覇したものにはあらゆるものが与えられる。他のワンダーセブンを戦わせるための噂だったのか。噂をきいて報酬に目がくらんだセブンが自分から出てきてくれる可能性だってある。姿を隠したワンダーセブンをあぶりだすのには最適な方法だ。それほどまでに魅力的な報酬とはなんなのだろうか。


「私と協力してひかりちゃんを探すのを手伝ってもらえませんか?」

「探す?ほかのワンダーセブンに倒されたんじゃないのか?」


「倒された、とワンダーセブンの一人が言っていました。そしてそのことで報酬を得られることが分かった、とも。でも私は彼女に死神アイコンが出ているのを一度も見ていません。だから彼女は死んでいないはずです」


 あくまで行方不明なわけか。でも本当に桃花ちゃんの能力は信用できるのだろうか。僕だって昨日死ぬはずだったらしいけれど、この通りぴんぴんしている。そんな疑問を口にすると彼女はこう言う。


「確かにほかのワンダーセブンの能力を使われていたら私の死を見通す力がどこまで成立するかわかりません。でも私たちの能力はそんなに都合がいいものではありません。限定的な条件の下でしか力は発揮できない場合がほとんどです。私の力を使えなくできるワンダーがあるとは思えません」


 どうやらワンダーセブンの不思議能力もそんなに自由に使えるわけじゃないらしい。


「私の友達を探すのを手伝ってもらえませんか?あなたのワンダー、探偵の力を使って」

「僕の力でも見つけるのは難しいと思う。君が言うように僕の力もかなり限定的なものだから。それにもし僕が君を裏切ったらどうするんだい?ここはお互いに会わなかったことに……」


 僕にそんな力はないし、僕はただの一般人だ。さいわい彼女の目的は友達を探すことだけでほかのワンダーセブンをたおすつもりはない様子。それならこう言っておけばあきらめてくれるだろう。確かに友達がいなくなってしまったのは気の毒だけれど、昨日の夜みたいに危ない目にあうのはごめんだ。ところが、


「それはないです」


食い気味に桃花ちゃんはそう言った。さっきから僕が裏切ることを少しも考えていないのはいったいどういう事だ?僕はいつのまに彼女にそこまで信頼されたんだろうか。やっぱり僕みたいに普段から品行方正に過ごしていると、人から信用されやすくなるんだな。見ている人は見ているんだよ。これからも人に対して誠実でありたいと決意を新たにしていると彼女の口から飛んでもない言葉が放たれた。


「?だって誠くん死にますし」

 

 僕の頭の少し上を見ながらそう言った。そういえば昨日もそうだった。それが意味するのはおそらく……。


「もしかしてまだ僕には死神アイコンが出ているのか?」


 自分の顔が引きつっていくのがわかる。死にそうな人間の頭の上に見えるといっていた死神アイコンがまだ僕の頭の上に出ているのだろうか?


「はい、さすがに昨日ほど濃くは出ていないので、すぐに死ぬことはないでしょうけれど、今週中には死ぬでしょうね」


 ああ、今週中ね。じゃあ、まだ余裕が、って、すぐじゃないか!なるほど今週中に死ぬのなら、裏切る可能性を考える必要もない。だって死ぬんだから。それなら策をめぐらす必要も彼女にはないわけだ。それにしても……うそだろ?昨日死ななかったし、僕はもう安全なんだと思っていた。死神アイコンもてっきり消えたものだと・・・。


「あ、その。ごめんなさい。そんなに気を落とさないでください。わたしがちゃんと守りますから」

 桃花ちゃんにワタワタしながら元気づけられる。死神のくせにまったく頼りない彼女の言葉が耳を抜けていく。昨日だって守るといっておきながらあのざまだった。いや、最終的には彼女のおかげで助かったわけだけど……。いや、待てよ?


“こうなったら方針をかえよう”


 かかわらないつもりでいたけれど、生き残るには僕を殺す気がない桃花ちゃんと一緒にいた方がいいはず。そうだ。昨日だって彼女の力を使って生き残ったんだ。次もきっとできる。


「わかった。協力しよう。でも僕の力は戦うのに向いていないから、もし襲われたらちゃんと守ってくれよ」

「任せてください!」


 桃花ちゃんは得意げにそう言うけれど、不安しかない。


「何か手掛かりはないのか?」


 桃花ちゃんは悔しそうにしながら、

「それが……何もないです」


 彼女の死神の力みたいな不思議能力を使われれば手がかりが残らないのは無理もない。ふつうの誘拐事件と同じように考えるのではだめだろう。ひかりちゃんを誘拐した人間をさがすのではなく、ワンダーセブンを探す、という感覚で捜査するのが近道なはずだ。


「ほかのワンダーセブンが誰なのかは分からないんだよな?」

「あったことがあるのは昨日の黒い怪物とエンジェル、あとは誠君だけです。素顔が分かるのは誠君だけですね」


 つまり、素顔が分かるのは一人もいないってことか。おそらく彼女が死神に変身できるように、他のワンダーセブンも変身できるんだろう。変身した後に会うのなら素顔がわからないのも仕方がない。学校の七不思議なだけあってさっぱりわからない。


「今まではどうやって探していたんだ?」


 まさか何もしていないわけではないだろう。


「死神アイコンが出ている人を探していました。病気でもないのに急に死ぬということはワンダーセブンがかかわっている可能性が高いと思ったので」

「それで僕を見つけたわけだ」

「はい」


 確かに理にかなった探し方だ。僕はワンダーセブンじゃないわけだけれど、あの黒い怪物は釣れたわけだし。


「僕以外に死にそうなやつはいないのか?」


 桃花ちゃんは首を横に振る。そう都合よくいかないか。


「僕が死ぬってことはほかのワンダーセブンが僕を殺しにくるってことだ。僕に急に接触してきたやつが怪しいことになる。今の所、それを待つしかないな。おとり捜査ってやつだ」


「その、・・・すいません。私の都合に巻き込んでしまって」

申し訳なさそうにする桃花ちゃん。


「気にしないで。絶対に二人でひかりちゃんを見つけよう」

「はい」

桃花ちゃんは顔をそむけて小さな声で返事をした。


 二人の間に沈黙が流れた。彼女は友達を見つけること。僕は自分が助かること。お互いに目的は違うけれど、二人で協力して事にあたるのがすこし気恥ずかしく思えた。これが吊り橋効果ってやつなのかもしれない。危険なことを一緒にすると二人の距離がちじまるなんてどこかで聞いたっけ。心なし、僕の心臓もどきどきしている気がした。恋の始まりってこんな感じなんだろうか。初めて会ったときと彼女の印象もずいぶん変わった。おとなしそうな子だと思っていたけれど、強い意志をもっている。彼女の顔が初めて会った時と全然ちがうように見えるのはきっとその瞳の奥にいる彼女について知ったからだ。


「ところで」

「どうかしましたか?」


 僕はさっきから気になっていたことがあった。いろいろ言い訳をしてみたけれど、どう考えても彼女の顔がさっきと違う。目に宿る意志ではさすがに説明がつかない。だって、


「死神って言うのは3つ目があったりする?」


 彼女の額に3つめの目があった。僕がそこを指さしても桃花ちゃんは不思議そうにして、


「死神にそんな能力はありませんよ」

それを聞いた瞬間、僕は桃花ちゃんを押し倒した。

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