第5話 運命のはじまり
昨夜の出来事を思いだす。僕は昨日、死神である桃花ちゃんと協力してなんとか黒い毛におおわれた怪物を撃退した。そして命からがら逃げ切った。いや、本当は逃げきれてなどいなのかもしれない。桃花ちゃんは殺し切れなかったといっていた。こうして授業を聞いている間にも、またやつが僕を殺すために突っ込んでくるかもしれない。
「そんなわけないか」
僕は自分でその可能性を否定する。ワンダーセブンである限り、あの獣もこの学校の生徒だ。昼間は自分の授業がある。それなら授業中に命を狙ってくることはないはずだ。そもそも僕はあれが生きているかどうかも疑っている。あの時、彼女は死神の鎌を使って怪物の体を切り裂いた。それでも、彼女が怪物に与えた傷は致命傷にはなっていないという。死んだかどうかは死神としての感で分かるらしい。ただ、僕はあの怪物がその場でくたばっていないだけで、しばらくして力尽きたのではないかと思う。だってあれだけ血を流していて助かるはずがない。
怪物の血は赤い。まるでふつうの人間のようだった。もしかしたら外見がかわるだけで中身は大きく変わっていないのかもしれない。あれだけ血が出ていれば怪物は真っ二つにされたのではないだろうか。もちろん僕が直接みて確認したわけではないから正確なところはわからない。だけど見る必要があるとは思えなかった。
「殺せませんでした」
そう言った桃花ちゃんの頬には飛び散った血がべったりと付いている。鎌は刃の部分だけでなく持ち手のところまで血が滴っていた。そんな状況で平然ととどめを刺せなかったという彼女が怖かった。
「でも」
月明かりに照らされた死神はその体から血を垂らしながらほほ笑む。
「あなたを守れてよかったです」
彼女が死神だという事実をこのとき僕はようやく完全に理解した。
とはいえ、問題は解決したわけだ。僕の活躍によって。そう、僕の天才的なひらめきと軍師のような策略のおかげであれを返り討ちにした。僕の命を狙う怪物が消えた今、僕の平穏な日常は戻ったということ。あんな命を懸けた戦いはもうごめんだ。なんといっても今の僕は平凡な高校生。ここからは僕の青春ラブコメが始まるはず。何人もの女の子からひそかに好かれたり、付き合ってもいない子といちゃいちゃデートをしたりするんだ。
“ここから先は学園ハーレムものだ”
もちろんなんの根拠もなくこんなことを言っているわけではない。答えはいま僕の右ポケットに入っている。
“ラブレター”
恋する乙女が想い人を呼び出すためにつかう手紙だ。今朝、学校の机の中に入っていた。どこかの美少女が。どこかの“美少女”が僕にあてて書いた手紙だ。この手紙の文字をみれば分かる。これは「美少女」によって書かれたものだ。それもただの美少女じゃない。まじめ系美少女だ。女の子らしい丸みを帯びた文字。それでいて時間を正確に指定した待ち合わせ。きっとメガネをかけているに違いない。そして僕に対してこういうんだ。
「30秒の遅刻です。や・る・気、あるんですか?」
メガネをかけた美少女は腕時計を見ながらそう言う。すこしいらいらしているようだ。
「ごめん、ごめん。で、何の話だい?」
僕は呼び出しておいて冷たい態度を示す彼女にむっとしながらも平然と答える。
彼女はメガネをくいっとして続ける。
「あなたとお付き合いをしたいのです」
そしてメガネちゃんは視線をはずして頬をあからめる。よく見れば指が震えている。
「いいよ」
僕の軽い返事に彼女は驚く。間の抜けた顔をしている。さっきまでの冷たい印象はどこに行ってしまったのやら。僕の目の前にいるのはただの女の子だった。
「よかった」
とてもうれしそうな顔をして言う彼女を見て気付く。冷たい態度も緊張していただけだったんだって。きっとまじめな彼女は誤解を受けやすいんじゃないだろうか。僕も今まであんまり彼女に対していい印象を持っていたわけじゃなかったけど、きっと知らなかっただけだ。そしてもっと知りたいと思った。
「おい、誠、聞いてんのか‼」
「なんだよ、真樹君」
いいところで邪魔された。いつの間にか授業は終わっていたらしい。
「だから学校中のトイレにさ、……」
「なあなあ、そんなことよりさ」
僕はラブレターをもらったことを友達に自ま、…相談することにした。
「あまいな」
僕がラブレターをもらったことと相手がメガネ美少女であることについて話をすると、渋い顔をして僕に向かってそう言った。確かにこれから甘い青春が始まるわけだけど、それにしては彼の反応が芳しくない。
「お前の渡されたラブレターには差出人の名前が書いてなかったんだろ」
真樹君はにんまりと笑う。
「へえ、続けろよ」
確かにその通りだ。しかし、そこから真樹君はいったいどんな情報を読み取ったというのか。聞いてやろうじゃないか。君のラブレターの分析を!
「メガネの美少女が待ち合わせ場所に現れることはない」
真樹君ははっきりとそう言い切った。
「なん、だと」
「もし、そのラブレターを出したのが俺だったとしたら……どうする?」
目の前のイケメンは試すように僕にそう言う。キメ顔の真樹君を見ながら僕は思った。
“やっべBLタグを付けなきゃ”
じゃなかった。
「待ち合わせ場所に行かないだろうな」
いくら幼馴染でも男の幼馴染はちょっと無理っす。きまずいからラインで済ませそうな気がする。
「そうだ。だから俺がお前にラブレターを書くとしたら名前を書かないだろう」
真剣な目で見られて僕は気付く。そういう事か。そこまで言われて僕はやっと真樹君の言いたかったことを理解した。昔を振り返れば思い当たる節がいくつかある。
“こいつ僕のことが好きだったのか”
「もうお前にもわかっただろ?」
その悲しげな顔は何を嘆いているからなのだろうか。彼の告白する機会をこうして奪ってしまったせいなのかもしれない。それでも理由くらいは聞いてやるべきだ。長い間、友達だったのだからそれくらいはしてやるのが筋だろう。まずはラブレターについて聞いてやるか。
「ああ、お前がこいつを書いたのか」
ラブレターを出したのは何を隠そう目の前のイケメン。幼馴染である真樹君だった。さすがに付き合うことができないし、これからちょっと疎遠になるかもしれないけど。それでも僕たちは、…ずっとも!だよ。
「ちげえ!」
真樹君は全力で否定する。ホモじゃない、のか?
「なんだ、違うのか?」
どうやら僕らはまだ友達同士でいられるらしい。
「全然わかってねぇのな。名前を書いたら来てくれないかもしれない。ラブレターを書いたやつがそう思ったってことだろ」
やれやれといった感じで真樹君は答えを話す。
「!?」
それってつまり、差出人はとんでもない照れ屋さんだったってことか?それはそれでおいしいかもしれない。自分に自信がない女の子を励ましてあげたい。まじめなメガネ美少女に君はかわいいよって言って自信がつくまでいっぱいほめてあげたい。
「まだわかってないみたいだな。はっきり言ってやる。不細工がくる可能性が高いぞ。メガネ美少女はお前の頭の中にしかいない」
「ははは、うそだろ?うらやましいのか?うらやましいんだろ。うらやましいって正直にいえよ」
僕は真樹君が悔しがる顔が見たかった。ただそれだけだったのに。
「うらやましくない」
真樹君はやれやれと首を振る。まったく強がりやがって……。
「328通」
唐突に彼は数字を言う。その数字が意味することを僕は一瞬で理解した。
「まさか、……うそだろ」
そして恐怖した。そんなことが可能なのか。目の前の男が化け物に見える。
「俺が今までにもらったラブレターの数だ」
だってそうだろ。328人も女の子の顔を思い浮かべられるか?きっと僕が今まで生きているうちで話したことのある女の子の数より多い。
“イケメンという名の怪物”
これほど恐怖したことがあるだろうか。足はガタガタと震え、思考は定まらない。
「ぼ、僕の方がいけめんだし・・・」
震える声はどんどんと小さくなって行った。感じるのは圧倒的敗北感。そんなことが現実にあるはずがない。アイドルじゃないのになんで真樹君はこんなにもてるんだよ。いや、そうだ現実にこんなことがあるはずがない。
「ウソだ!そんなの人間じゃねぇ」
嘘をつく相手が僕だったのが、君の失敗だ。今日の僕は一味違う。僕の目が真樹君の総てを見通す。
“瞳孔”
“指先”
“視線”
“呼吸数”
一瞬の彼の動きをとらえ、分析する。人間は嘘をつくと四つ変わるところがある。瞳孔、指先、視線、呼吸数。僕の瞳が彼の動きを完全にとらえた。極限の集中を持ってほんのわずかな変化も見逃さない。
はい!今右くすり指がぴくっとしたあ。嘘ですぅ。真樹君が言ったことは全部うそです。ふう、危なかった。危うく親友のおちゃめな冗談に騙されるところだったぜ。
「ふう、で?なんの話だったっけ?」
「俺が今までにもらったラブレターの数は328通なわけだけど…」
「ふぁあああああああ」
大丈夫。真樹君が言っていることは全部うそだ。嘘をついて虚勢を張っているかわいそうなイケメンなんだ。こいつは。だいたいいくらイケメンだからってそんなにモテるわけない。
「98パーセントは偽物だった」
偽、物。
新たに浮上した可能性。それって、……。
「俺は321回。誰も来ない待ち合わせ場所で待ち続けた」
「僕がもらったこの手紙が偽物だって言いたいのか⁉」
やれ手紙を書いたのが不細工だの。手紙自体が偽物だの。そうまでして僕を否定したいのか。
「お前、…泣いてんのか?」
「悪いかよ!」
涙が止まらなかった。僕はただ真樹君にちょっとだけ認めてほしかっただけなのだ。やったな、頑張れよって言ってほしかっただけなんだ。
「そ、そのごめんな。きっとかわいい娘だって。俺はただお前が期待しすぎているから心配だっただけで、…。ほら、俺に言われたおかげで美少女じゃなくてもかわいい子が来たら素直に喜べるだろ?な?だから元気だせって」
僕の中に一つの想いが湧き上がってきた。
確かに真樹君のいうとおり、この手紙を出した人物のイメージは想像でしかない。手紙の紙質、匂い、文字のくせ。そこから描かれた人物はいまだ空想の域を出ない。それでも僕はその幻想に恋をした。
「僕、この子と付き合うよ」
真樹君はとても驚いた顔をしてから心配そうにする。
「むきになっているだけじゃないか?」
申し訳なさそうに真樹君はそう言った。
「ちがう」
僕はすでにくしゃくしゃになったラブレターを前に突き出して続ける。
「真樹君にとってはこのラブレターはたくさんある物の一つなのかもしれない。でも、僕にとっては初めてもらったもの。オンリーワンなんだ。それになんだかこの手紙からはすごい力を感じるんだ。僕の人生を変えるような力を。だからこれがきっと運命ってやつだと思う」
自分でもよくわからないが、そう感じていた。
「時間通りに来なかったら?」
「少し遅れているだけかもしれない」
「待ち続けても誰も来なかったら?」
「途中でこわくて足が止まってしまったのかもしれない」
きっとこの手紙を書いた娘に悪意なんてない。なぜだかそう思えた。
「会いに行くのをやめる気はないんだな?」
僕を説得するつもりはないんだろう。あくまで覚悟を確認しただけ。これはきっと真樹君のやさしさなのだ。僕が後悔をすると思っているから。それはもしかすると正しいのかもしれない。彼の経験からくる分析はおそらく僕よりもしっかりと現実をとらえている。それでも、
「僕はこの子に会いに行こうと思う」
僕は結構ちょろい男なんだ。
待ち合わせ場所は体育館の裏。時間よりすこし早く着いたけど、相手の女の子は先についていたようだった。長い黒髪、図書館で本を読んでいそうな、おとなしそうな女の子。ボロボロの漆黒のローブを着ている。そして大きな鎌を持っていた。
そしてなぜかすこしだけ照れているようだった。
「なんでそんなにいやそうな顔をするんですか!」
待ち合わせ場所にいたのは女の子じゃなくて死神だった。いや、桃花ちゃんも女の子だけど、僕が求めていたのは、そういうデンジャラスな日常じゃない。
彼女をみて思ったのは僕にあまい青春が訪れることは当分ないだろうってこと。
「話があります」
それと、どうやら僕は死神に憑かれてしまったらしいってことだ。
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