第4話 僕は死なないと決めた。

  僕と桃花ちゃんは今真っ暗な教室で二人、息をひそめている。次のやつの攻撃におびえながら。頭の中では恐怖をまぎらわすために、やつを倒す方法を必死で考えていた。何も良い考えは浮かんでこない。


ふと気付く。僕は、しゃがみこんで抱きしめている桃花ちゃんを見て、


「桃花ちゃんの体って冷たいんだね」


桃花ちゃんと密着しているせいでよくわかった。いくら冷え性でもここまで体が冷たくなることはないはずだ。


「もしかしてこれも君の力なの?」

言外に他に“死神”にどんな能力があるのか訊いたつもりだった。


「え、そうなんですか?初めて知りました」

桃花ちゃんは自分の意外な一面に純粋に驚いている様子。


そうじゃなくてさあ。僕があきれていると、何を勘違いしたのか、


「あ、誠くんはあったかいですね、えへへ」

本当にこんなのといっしょに戦ってあれに勝てるのか?


 ダイジョブだ。あきらめるな、僕。同じワンダーセブンなら桃花ちゃんとあれに力の差はないはず。それなら僕がいる分こっちの方が有利だ。状況を整理しよう。やつの特徴から弱点を推測するんだ。


僕は桃花ちゃんに夜の学校に呼び出された。そこにあの怪物が現れたということはあいつは昼間の僕たちのやり取りを聞いていたという事か?


ふと、思い出すのは桃花ちゃんの守るという言葉。


 いや、違う。順番が逆だったんだ。僕たちが行くことをあいつが知ったから、僕たちが狙われたんじゃない。僕があいつに狙われていることを桃花ちゃんが知ったから僕を呼び出して、自分の手で守ろうとした。きっとあいつが何らかの手段で僕を夜の学校で殺すつもりだった。その計画を彼女は間が悪いことに知ってしまったに違いない。だとすれば、


(どんな方法で僕を殺そうとしていたかであの黒い怪物のことがわかる)


きっと一番自信のある戦い方で倒す計画を立てていたはずだ。そこから分かるのはいったいどんな戦い方が得意なのか。それが分かればその戦い方をさせないように立ち回れば桃花ちゃんにも勝ち目があるはず。


「桃花ちゃん、あの怪物について知っていることを話してくれ、全部だ」

彼女の目をまっすぐに見据えて僕は尋ねた。


「……え!でも、私もあれには今日初めて会いましたし、…」


 初めて?そうか、あいつもおそらく桃花ちゃんと同じ。桃花ちゃんがさっき死神に変身したようにあの怪物も変身したはずだ。普段は普通の高校生として過ごしている。


「思い出せ!僕を殺そうとしていたのはどんな奴だった。どんなささいなことでもいいから僕に教えるんだ!」


 そいつの変身前の様子が分かっても大きなヒントは得られない。だが、どんな性格かわかれば戦いをすこしは有利に進められるはずだ。


「さあ、そいつはいったいどんな計画で僕を殺そうとしていた⁉」


桃花ちゃんの肩を揺さぶる。


「何を勘違いしているのかわからないですけど、私はそんなこと知りません」


「なんだと、じゃあ、僕が殺されるってどうやって知ったって言うんだ⁉」


 僕はさらに激しく桃花ちゃんの体をゆする。このままじゃ、僕の完璧な計画が破綻する。


 桃花ちゃんは頭をふらふらさせながら、

「殺されるかは私にはわかりませんでした。誠くんが死ぬことがわかったのは私の”死神”としての力です」


 死神の力。コスプレするだけの能力ではなかったのか。しかし、それなら話は速い。その能力ってやつからあいつの情報を手に入れる。


「僕がどんな死に方をするのかわからないのか。何時何分に死ぬとか。どの場所でどんな風に死ぬのかとか」


「分かるのは死ぬことだけです。死にそうな人の頭の上に“死神アイコン”が出るんです。“死神アイコン”の色の濃さで大体の死ぬ時間は分かりますけど……」


桃花ちゃんは言いづらそうにする。僕の頭の少し上の方を見ながら、……。僕も彼女の視線の先を見てみるがそこには何もない。彼女の話から察するにそこに“死神アイコン”ってのがあるんだろう。そして、彼女が何もいわないのは……。


「僕に出ている死神アイコンはどうなっている」


少し迷ってから、顔を伏せて唇をかみしめながら彼女は言う。


「ビンビンです。……あと、数分の命かと」


 嘘だ、と否定することは出来なかった。学校の校舎をぶちこわすような怪物がいるんだ。死神だっていうならそれくらいできてもおかしくない。彼女が言うことはきっと事実で、僕は死ぬんだろう。


「その死神の能力であいつを倒せないのか?」


「鎌さえ当たれば……、でもあれだけ動くのが速いと私ではどうにもでき、ません」

 だんだんと声が小さくなって行く。それはそうだ。できるならもっと早くやっている。それでも、


 「なんでだよ、死神なんだろ!殺すのがお前の仕事だろうが!」

 納得できるわけないだろ!


 桃花ちゃんはびくっとした後、

「ごめんなさい」

消えそうな声でつぶやいた。


 負けた。どうしようもないじゃないか。何のヒントもない。わかったのは自分がもうすぐ死ぬってことだけ。


 でも、……だって、そんなのないだろ?おかしいって。頑張れば将来につながるってみんないってるだろ。なんだよ、これ。どうして僕ばっかりこんな目に合わなきゃいけないんだ。


どうして僕の思い通りに行かないんだよ。


「あ、あの、私が引き付けている間に、……」


 空気が揺れる。今夜4度目の咆哮が放たれた。


 桃花ちゃんが震えていた。そこで僕は思った。


 なんで震えているんだ?


 彼女だって死ぬのは怖いのだろう。いや、彼女が怖がっていることはどうでもいい。何か大事なことが……。待て、彼女は何を怖がっているんだ。彼女が怖がっているのは死ぬことではない。だって、


  さっきからずっと壁をぶち破る音が聞こえてこない。


 むしろ恐怖は薄れていっている。死ぬことが確定している僕と彼女では事情が違うはずだ。それなのに彼女は震えている。


 咆哮の残滓が耳から消えてきたあたりで僕にも違和感が生まれた。そしてその正体がやっとわかった。


「音だ」


「え?」


「やつが突っ込んでくるのは必ず吠えたあとなんだ」


 だから無意識に桃花ちゃんの体は震えた。本能で獣が迫ってくることを察知した。



なら、なんでさっき吠えたあと突っ込んでこなかった?


「体当たりができる数に限りがあるのか?いや、それなら確実に当たるタイミングでしかつかわないはず」


「この場所に問題があるのか」


「音楽室」

偶然ころがりこんだ教室。今、僕たちがいるのは音楽室だ。


「なんで一発目で当てられなかった」


「ちがう、当たっていたんだ。僕らが急に動いたせいで狙いがずれた、つまりやつは完全に僕らの位置を把握していた。でもどうやって。透視能力でもあるのか。いや、それなら動いていない今を狙えば確実に仕留められるはず。なぜそうしない?」


“すべてあの雄たけびの後にやつが来た”


 イルカや蝙蝠は超音波で獲物の位置を知るという。それと同類だとしたら。あの轟音の反響から僕らの位置を把握しているんだとしたら?


「でも、吠えずに突っ込んできたときもあったような気がするんですけど、…」


「いや、その時僕らは走っていた。わざわざ音で場所を確かめる必要がなかったんだ」


 恐ろしく耳がいい。だが耳に頼っているからだろう。逆に音楽室の防音壁のせいでやつは今僕たちを見つけられないでいる。


 そして僕らが勝つにはあと1ピース。


「本当に死神の鎌を当てられればあれを倒せるんだな?」


「は、はい。当てられれば、ですけど……」

桃花ちゃんはまだびくびくとしている。だが、これで条件はすべてそろった。


「僕に作戦がある」


“倒せる!”

それは絶望のなかにみつけたかすかな光。進むべき道は見つけた。あとはこの足で前へ歩くだけだ。


 すべてがただの可能性の話。しかし、可能性を寄せ集めて必然を作り出す。


「あれはたぶんまっすぐにしか動けない」


 そう、どこからくるかわからないから彼女の攻撃を当てられない。だから必ず通る道を作る。そしてそこで鎌を構えていてもらうだけでいい。一人だったらできないだろう。でも僕たちは二人だ。二点をつないで直線を作る。



「僕が二階に君は三階でスタンバイしてくれ。二階の床が壊される音が聞こえたら自分が立っているところの真下に全力で鎌を振り下ろすんだ」


「そんなことをしたら……」

桃花ちゃんは口をパクパクとさせる。彼女はそれが何を意味するのか気付いたようだ。


そしてうつむき、

「あなたが死にます」

唇をかみしめてつらそうに言う。


 彼女の言う通りだ。二階の床が壊される時に僕はそこに立っていなければいけない。当然無事で済むはずがない。


 それでも僕はぼく自身をおとりにする。確実に勝つにはそれしか方法がないんだ。だからここで彼女に協力を断られるわけにはいかない。


「僕は死なない」

強く、自分に言い聞かせるように言った。

「でも!」

 話したこともない同級生が死んでしまうことに気付いて守ろうとした彼女だ。僕の提案は受け入れられない物だろう。だって守ろうとした相手が自分を犠牲にして勝つように言ってきているのだから。しかし、僕だって死ぬつもりはない。これは勝つための作戦なんだから。


そして僕は嘘をついた。


「僕は名探偵だ。七不思議が七つ目。ワンダーセブンの一人。今まで誰にも能力を見せずに隠してきた」


彼女は目を丸くする。


「名探偵の力はほんのわずかなヒントからでも正しい道を見つけ出すこと」


 大丈夫だ。だってこの子、僕に妹がいると思っているんだぜ。だませないはずがない。


「お前の持っている死神の力でみた死の運命も僕の名探偵の力で覆すことができる。同じ七不思議同士だからな」


そしてそれは精一杯の強がりだった。



 その後、納得していない桃花ちゃんを無理矢理、配置につかせた。僕はただあの怪物が再び吠えるまで静かに待つ。わざとらしく大きな足音を立てて移動した。向こうもこっちが動き出したことにきづいただろう。


「何が名探偵だよ」

 言うまでもなく僕はワンダーセブンじゃない。死神の彼女が言うんだから、間違いなく僕は死ぬんだろう。ただ死に方はきっと変えられたはずだ。みっともなく逃げ回って死ぬのより、一矢むくいて死ぬ方が良い。


 今夜5度目の咆哮が撃たれた。


「くそう、なんで俺、こんなに体張ってんだよ」

今すぐにでも駆け出したい。この場から逃げたい。でもだめだ。何も死ぬと決まったわけじゃない。ぎりぎりまで引き付けて避けるだけだ。


”あなたは死にます”


くっそ。知らなきゃよかった。死ぬ間際くらいかっこいいセリフを吐いてやりたかったのに。


 ダイジョブだ。僕の作戦は完璧。絶対に成功する。あとは僕がうまく避けるだけだ。あの怪物はもうすでに何度も失敗している。無駄に攻撃し、狙いを外し続けた。だから、やつは外したくないはず。必ず、二人を同時に殺せるような位置から突っ込んでくる。どちらかに当たる確率を少しでも上げるために。


 やつが叫んでから何秒たった?もう逃げた方がいいか?もし、引き付けるのがたりなかったら?同じ手に引っかかるとは思えない。どうする僕はいつまで待てばいい。手に汗がにじむ。喉が渇く。廊下ってこんなにさむかったっけか?何か計画にないことが起きたのかもしれない。遅すぎる。一度仕切りなおすか?桃花ちゃんを呼び戻す?音楽室に戻ればひとまず安全だ。もっとやつを探ってから、


「馬鹿野郎!」

息が上がっていた。


(大丈夫。大丈夫なんだ。勝つのは僕だ!)



”とべ”

突然、頭に声が響いた。


”おもいきりとんでよけろ”

今度はさらにはっきりと。


不思議とその通りに行動するべきだと思えた。


 おもいっきり跳躍してその場を離れる。


 時間が引き延ばされる。自分がいた場所がだんだんと盛り上がっていく。そして大きな音と共に廊下の床が壊され破片がこちらまで飛んでくる。


 そして勢いそのまま、黒い怪物は上に進み続ける。


「いまだあああああああああああああああああああああああああ」


僕の叫びに意味はないのだろう。


廊下が壊れる音だけで向こうに十分届いたはず。


(それでも今は無性に叫びたかった)



              死に挑むのは一匹の獣。



               待ち構えるの死神。



なあ、化け物。


「私は死を操る者」


獲物を狩る側から狩られる側に回るのは


「魂を差し出しなさい」


どんな気分なんだ?


 寸分たがわず死神の鎌のもとに怪物は進む。鎌が降られた。


「くっ、浅い!」

桃花はその手ごたえから殺し切れていないことをすぐに悟った。とどめを刺しに行くか迷う。しかし、床にあいた穴から飛び降りて下のフロアにいった。


「大丈夫ですか!?」


「くそいてえ」

着地を考えずに飛んだせいでひどい身体の打ち方をした。


「やったか⁉」


「いえ、でも傷は負わせられたはずです」


「よし、あいつが動けないうちに逃げるぞ」


「はい!」

こうして二人で命からがら逃げ延びた。


















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