第7話 死神ちゃん全身をまさぐられる
人間には二つしか目がない。三つあるのならばそれは普通ではないということ。そして不思議なことを行えるのはワンダーセブンの特権だ。もし、桃花ちゃんのもっている死神の力でないのだとしたら、彼女の額にある3つめの“目”は他のワンダーセブンの誰かの力によってできた“目”ということになる。
「えっ、ちょっといきなりすぎで、……」
僕に押し倒されてうろたえている桃花ちゃんの額に僕は凸ピンをした。指の腱のバネを最大限に利用して、指先にインパクトをのせる。
「あうっ」
痛みに両眼を閉じる桃花ちゃん。そして目を閉じたのは彼女の額にある3つめの目も同じだった。いや、正確には同じではない。額にある閉じられた第三の目は彼女の皮膚を盛り上がらせながら移動し、今度は頬のところでぱっちりと目を開いた。そして周囲の状況を観察するかのように眼球をぎょろっとさせる。
「いきなり何するんですか?」
涙目になりながら、よわよわしい声でそう訊く桃花ちゃん。桃花ちゃんが気づいていないところを見ると、この目が体の中を動いても痛みはないようだ。僕は今度は彼女の右頬を思いっきりひっぱたいた。
「っ!」
やはり目は彼女の右頬から移動した。そして今度は地面に移る。
“まちがいない、他のワンダーセブンの意志でこの目は動いている”
逃げ回ることを考えると、この目をつぶされたくないのだろう。きっと目をつぶされると不利になるってことだ。だったら何が何でもこの目をつぶす。僕が生き残るために。
「桃花ちゃん」
「ひっ!ご、ごめんなさい」
「あれを狙うんだ。絶対に逃がすな」
桃花ちゃんを抱き起こして、大声で言う。今は説明している暇はない。
「え、はっはい」
地面の“盛り上がり”が動くのを目でとらえた桃花ちゃんは死神になって一瞬で距離を詰め、“目”があるその場所に死神の鎌を突き立てた。つぶされた“目”は灰になって消えていく。
「今のは何だったんでしょうか?」
「僕たちを見ていたんだ」
“目”だったから音まで拾えていないとは思うけど、見えていないっていうことはないはずだ。わざわざ見ていたということは確実に僕たちがワンダーセブンだということに気付いている。昨日の夜の戦いをあの“目”で見られていたのだとしたら僕らに気付いていることにも納得できる。
「それってつまり、僕らの顔が割れているってことじゃないか」
24時間どこから襲われるか分からない。そもそも一週間も生き残れるのかも心配になってきたぞ。おまけにこっちには相手の情報が何もない。いったいどうすればいいんだ。
「落ち着け、僕」
まずはこっちの手札を確認するんだ。向こうはこちらの情報を探っていた。それはつまりこちらの情報を知りたがっているってことだ。おそらく向こうもまだたくさん情報をつかめたわけじゃない。向こうにばれた情報は何だ?考えろ。あの“目”はいったい何を見た。桃花ちゃんが死神に変身するところは確実に見られてしまった。他に向こうに何がばれた。桃花ちゃんの体を下から上までくまなく見て確認する。
「?」
僕に見られているのに気付いて恥ずかしそうにもじもじする桃花ちゃん。
彼女の死神に変身したあとの姿はふわっとしている。存在自体があいまいというか、触れたら消えてしまいそうな感じもする。霞のようですらある。彼女がまとっているローブも例にもれなくボロボロであり、ところどころ肌が透けている。あとは……手に持っている大鎌。しまった。使う武器がばれたのはまずい。
「あの、あんまり見られると…」
桃花ちゃんは頬を赤くして言うが、だんだんと声が小さくなって行き、最後まで聞こえない。いったいどうして頬が赤く?ごめん、それは僕がはたいたんだった。そんなことより、何かがおかしい。僕が感じるこの違和感はいったいなんだ。そしてこの嫌な予感はいったいなぜこんなにも僕をとらえる。見落としがどこかにあるのか?
「目、めが…」
また最後まで聞こえない。その震え声でいったい何を伝えようとしているんだ。青ざめた彼女が震える指でさししめすのは僕の背後。
「?うしろに何か……」
そういって振り返ると壁一面にびっしりとたくさんの目が張り付いていた。それはもう数え切れないほどにびっしりと。ときおり、まばたきをしたり、黒目を動かしたりしている。壁にうごめくその“目”はまるでひとつの生き物のようにも見える。
「ああ、そういうことだったのか」
人間の目というのはふつう二つある。一つ余計にあるのがおかしい。余計にあるのが一つだからおかしい。僕が感じていた違和感はそこにあったんだ。目が一つだけうろちょろしているなんて変だ。目っていうものは二つで一セットなのだから”目”がこれだけたくさんあるのなら納得ができる。そして納得ついでに一つ判断を下した。
「やれ、死神、あとは任せた!」
数え切れないほどの“目”をどうにかできる方法なんて思いつかない。僕は彼女に任せて逃げることにした。
「えっ、ちょっ、おいてかないでください!」
桃花ちゃんも逃げる僕の後を追ってくる。ついてくるのは桃花ちゃんだけでなく、たくさんの”目”もだ。
「馬鹿!一緒の方向に逃げたら意味がないだろうが」
「一人にしないでください!」
「どうにかしろ、僕を守るんだろ!」
「あんな気持ち悪いのが敵だなんて聞いてないです!」
僕は全力で走っているが、桃花ちゃんはもう僕に追いついている。足速いんだな。このままだと追い越されてしまいそうだ。
「桃花ちゃん、あいつらは僕たちを追ってきているか?」
後ろを振り返って確認する桃花ちゃん。
「ひゃああああああああ⁉」
悲鳴からだいたいの状況の察しは付いた。どうやら僕たちから目を離してくれないらしい。
「どうやら僕たちから目を離してくれないらしい」
「ぜんっぜん面白くないです!」
「……」
「……」
「どうやら、」
「まじめにやってください!」
僕は黙って走ることにした。
更衣室の中で僕と桃花ちゃんは二人息をひそめていた。“目”から逃げるのに息をひそめる必要があるのかは分からないけれど。何とか追ってくる“目”をまくことができた僕たちはひとまずここに隠れたというわけだ。
「今日バスケだってよ」
「またバスケかよ、たまにはサッカーにしろよな」
「それ、祐がサッカーが好きなだけだろ」
「ははは」
へえ、祐君はサッカーが好きなのか。爽やかな髪型に人懐っこい笑顔。僕の嫌いなタイプの人間だった。そしてなぜか、彼らの生着替えを見せられていた。というかなぜ女子更衣室の方に入らなかったんだ、僕は。僕たちは男子更衣室の中でただじっとする。
「~~~⁉」
「しっ!静かにしてろ」
正確には男子更衣室のロッカーの中に二人で隠れていた。蒸し暑いし、なんか制汗剤くさいし、桃花ちゃんはパニくってるしでそろそろ隠れているのも限界だ。
「早くきがえろよ。また山村にどやされるぞ」
「へいへい」
最後の男子生徒が出ていった。
「だはあ、やっと出られたな」
「ちくび、ちくびがいっぱい。……ちくび」
乳首くらいプールでも見るだろうが。そんなことより今は目をどうするか考えなければ。僕は更衣室の扉の隙間から外の様子をうかがう。
「やっぱりいる」
さきほどのようにたくさんはいない。しかし、ここからみえるだけで4つの“目”がある。監視カメラのようにお互いの死角を補いながら学校中を探しているようだ。死角から目をつぶしに行くことは出来ない。ここに隠れているのが見つかるのも時間の問題か。
「ひゃう!」
「どうした?」
桃花ちゃんがいきなり変な声をだす。
「な、なんでもないです」
「なんでもないってことはないだろ」
何もなければ突然変な声を出したりしない。
「⁉」
今度は声を出さないように手で口を押えて、こらえながらびくっとする桃花ちゃん。何もいわずに死神の姿から制服姿に戻り、服を脱ぎ始めた。
「何やっているんだ?」
「し、したぎの中にはいられたんです!」
彼女の体にまだついていた“目”がいたのか⁉
「ばか!ここでぬいだら居場所がばれるだろうが!」
僕は服がはだけた桃花ちゃんごと、またロッカーの中に突っ込んだ。暗いところなら“目”も見えないはずだ。
「は、はやく何とかしないと」
「いったいどうなるって言うんだ?」
彼女はいったい何をそんなに焦っているんだ?額に“目”があった時には気づいてすらいなかったというのに。
「目が胸のところに」
「……はあ?」
「きもちわるくてしょうがないんです……んっ……」
「……その、なんか悪かった」
無言のロッカー。お互いに気まずくなる。
ロッカーから出ようと暴れだす桃花ちゃん。ガタガタとロッカーを揺らし、必死に外に出ようとする。体をあちこちぶつけながらも僕はそれを抑え込む。
「だから出たら居場所が見つかるだろうが!」
「この中じゃあ、私が動けないんです!う、うわあ、ああふゅ」
確かに暗くて狭いロッカーの中では“目”をつぶすことができない。しかし、ロッカーから出れば、外の様子からこちらの居場所に気付かれる。仕方ない。
「え!?」
「暴れるな。僕が“目”をつぶす」
彼女の服を脱がせ、肌をさすって“目”のある場所を探す。彼女も最初は身をよじって逃げようとするが、状況がそれを許さないことを頭では理解しているらしく、だんだんとおとなしくなった。
「~んっ⁉……もっとうえ――です」
「ああ」
暗闇の中で彼女の素肌をそっとなでるように指を進める。何せこの暗さでは僕も“目”の位置が分からない。頼れるのは指に触れる感覚だけ。少しの違和感も逃さないように丁寧に。しかし素早く手を動かす。緊張からか互いの肌がしっとりとし始める。自分がいま触れているのは彼女の体のどの部分なのだろう。ただ柔らかな肌をすぅーっとなでていく。
「そこじゃない、です」
「よし」
「はや、く」
「おう」
「もう、がまんできない」
「うむ」
いったいどれほどの時間そうしていただろうか。見つからない。苦しそうな声を出す彼女に何もしてあげることは出来ない。そして何より場所が悪い。ロッカーの中に二人でいるのはきつすぎる。
「違うって言ってるじゃないですか!」
「暗いんだからしょうがないだろ!」
そのとき不自然なふくらみに触れた。僕はそれをおもいきり引きちぎった。
「んにゃあ⁉」
「よし、やったぞ」
掴んだ”目”を握りつぶすとそれは灰になって消えた。
「はあ、はあはあ……」
「出るか?」
桃花ちゃんは僕の体にがっしりとしがみついていた。僕は桃花ちゃんをロッカーから引っ張りだして左頬をぶった。
「ダイジョブか、顔が赤くなってるぞ」
お前がぶったからだろ、というような目で睨んでくる。桃花ちゃんはまだいけそうだ。向こうに隠れている場所がばれることはない。これでしばらくは大丈夫なはずだ。
しかし、状況は以前かんばしくない。そこら中に敵の“目”がある以上僕たちは動くことができない。
「よく考えたら、あれはただの目だ。何も怖いことなんてない」
「でも気持ち悪いです」
「大丈夫だじっとしていればなにもできない」
「でも気持ち悪いです」
「……」
「……」
二人の意見は平行線だった。じっとしていれば何も問題ないというのに。だいたい見られて減る物じゃない。
「⁉」
それは偶然だった。ふと僕の視線の先に“目”を見つけた。いつのまにこの部屋も調べるために入ってきていたのだろう。僕は驚きを心のうちにしまい込んだ。気付かないふりをしながら会話を続ける。じっとしていればこちらに手出しは出来ないのだから。
「桃花ちゃん、体は大丈夫か?」
桃花ちゃんははだけていた制服を直す手を止めて、僕の方をさげすんだ目で見る。
「変態」
僕を罵った。何をかんがえているんだこのエロ娘は。でもやっぱり、“目”自体に警戒する必要はなさそうだ。体中をはい回られた彼女の感想が気持ち悪い、だけなんだから。あくまで見るだけしかできないのだろう。しかし、そうなると逆に厄介だ。相手は僕たちを正面から正攻法で倒す手段を持っていない。つまり、絶対に僕たちに姿を見せてきたりしないだろう。どうにかして引きずり出せれば、僕たちにも勝機がある。だができなければ、夜道で襲われることになる。桃花ちゃんの方は不意打ちに対抗できても、僕はどうしようもない。
「死神の力で何とかならないのか?」
「無理ですよ。それより、今こそ誠くんの力を使うべきタイミングじゃないですか」
だから僕はワンダーセブンじゃないって。人を探す力なんて持っていない。いや、まてよ。探す必要はない。もっと簡単な解決方法を思いついた。僕はポケットに入っているボールペンを取り出して手の中に隠す。
「最初からこうすればよかったんだ」
「何か良い手が思いついたんですか?」
桃花ちゃんに近づき、彼女の唇を奪った。
「⁉~~」
そして彼女の後ろにまわした手に持ったボールペンを彼女に振り下ろした。
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