15

4月9日。


始業式。桜満開。


結論から言うと、俺はそのままだった。そのままこの世界が、この街が、ゲーム自体であることを知っている状態だ。要するに俺だけがまだバグっている。


でもただそれだけだ。バグって、それで、何もない。

柱谷町はいつも通り平和で何もなかった。カエル男もカマキリ男あれから出てこない。健司だって元通り健康のことばかり話すし、沙良絵も元気。もちろんミッションもない。いつもの柱谷町だ。

そして彼女はいない。あれからログインしていないみたいだ。たぶん。

何故だかはわからない。色んな事情はあるだろうし。でもやっぱりあのことなんじゃないかな、って思う。なんだよこれじゃあ、記憶が残ってても意味ないじゃん。それに俺の役割どうなるんだろう?


そう言えば彼女を探している時にあのアイドル顔の“何でも屋”に一度会った。なんでもまだカエル男を探しているらしい。捜査自体はとっくに打ち切られたようで、単独で探していた。このままだと少しかわいそうだなと思ったので「もうこの辺にはいないんじゃないですかね」と伝える。「そう?じゃあもし見かけたら連絡してよ」と名刺をもらう。

名刺には「成海仁なるみじん」と書かれていた。おいおい名前までかっけーじゃん!と何故か俺は興奮してしまう。

「それじゃあ。あ、何か困ったことがあっても連絡して良いからね」と手を挙げ去っていく。その後ろ姿はキラキラ輝くエフェクト付きだった。ゲーム的演出。


そう、ここはゲームの世界だ。

そして俺はゲームのキャラクターの一人(バグってるけど)。

プログラム上の存在。

その事実は変わっていない。


不思議な話かもしれないけれど、それを知ったからといって何かが変わったわけではなかった。嘘だろ?と思うかもしれないけど本当に。

以前読んだ本に「人は連続性なのかはわからない。もしかしたら昨日なんて存在してなくて、昨日という記憶を持って今、この瞬間に生まれたのかもしれない。昨日があるなんてことは証明できない。でも不便じゃない」的なことが書かれていた。読んだときは、バッカじゃねーの、って思っていたけれど今は違う。本当にその通りだ。不便じゃない。俺がバカだからってわけじゃないはずだ。


おそらく俺は赤ちゃんというものは経験していないんだろう。俺は16歳で生まれたのだろう。でも記憶だけはある。小学生も中学生も経験してないのかもしれないけれど、ちゃんと記憶にある。記録にある。それで十分生きていけるのだ。不思議な話。

それでも俺は2日間くらいは死ぬほど悩んだんだよ?あの時はバグったままがいい、なんて思って寝たけれど、困った。こんな事実を抱えたまま生きていけるかってーの。

 でもだからといって、じゃあ人間やめます。暴れます。ってわけにいかない。そんな気なんて起きなかった。ゲームだろうと何であろうと俺、ここに居るじゃんって。家族優しいじゃん。友達少ないけどいるじゃん。ご飯も旨いし風呂は気持ちいい。何も変わっていないわけよ。だからもう流れるがままでいいかなって思ったし、というか俺はずっと前からこうだったな、って思う。わけわかんないことは、わけわかんなくてもいいんだよきっと。そんな感じ。

で、今は思うんだけど、俺だけバグってなんか逆にかっこよくねーか?ちょっと優越感。俺だけって感じ。そうやって自分の自尊心?ってやつを高める。大事。


彼女はいない。でもこの世界は続く。

普通はそんなの当たり前なのかもしれないけれど

当たり前じゃない。



教室に入ると「おー!雄志!今年も同じクラスだな。よろしくな」と健司。また1年間同じなのは嬉しい。それに沙良絵も同じクラスだった。まだまだうちらの縁は切れていない。切るつもりなんかない。友達は大事だ。たとえ、プログラムされていたとしても。

 「春休みのこと内緒ね」と沙良絵は俺の席を通るとき囁いた。

ささやかな秘密を共有している、というのは悪くない。役割のない生徒Gだって青春があっても罰は当たらないだろ?



「おー座れ座れ!!」と担任の須藤すどうすみれが教室に入るなり、声を張る。あんたもまた一緒かよ。すみれという名前のくせに男勝りな女性教師だ。苦手、ではない。


「いつも一番前なんだよな」と自分の名を毎回学年の始めに呪う。ホントに何にも変わっていないじゃないか。

でもこの名前も彼女が付けたんだっけ。呪うべきは彼女だな、と俺はちょっと笑ってしまう。そんで、元気にしてるかな、なんて思う。



「始めに転校生を紹介する……おいそこ!静かにしろ!」


転校生?

おいおいこれはないだろ?

まさかこんな展開のためにいままで顔出さなかったのか?

俺、もう一度会いたいってほぼ毎日思ったりしちゃってたんだぜ?


「ったく。そんなに興奮するなよ。興奮するのはまだ早いぞ。……よし入っていいぞ」


ガラっと扉があき、少しどよめく。


そりゃそうだ。

あんな髪の毛なかなか見ない。

漫画とかゲームとか、そんくらいだ。

これじゃどっちがゲームのキャラだかわかんねーじゃん。




「……西紋寺菜実さいもんじなみよ。……よろしく」

挨拶をしてペコリと頭をさげ終えると、西紋寺菜実は俺を見てニヤリと笑い、俺だけに聞こえるくらいの声でぼそり。


「こういう展開……好きでしょ」



なんだよそれ。馬鹿にしているのか?



ベタ過ぎるんだよ大好きです。

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まだ壊れているから大丈夫 山崎あきら @akira-yamazaki

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