14

「ようカエル」

俺はなんだか昔から知っているような感覚で声を掛けていた。知っている、というかあれだカエル男は俺の仲間なんだよな。沙良絵じゃなくて俺と。

バグ同士。仲良くなれるかもしれない。

沙良絵が言うようにゲコゲコと応えてくれる。身長170㎝くらい。でもどこか可愛らしさがあるような気がしないでもない。キモ可愛い?

「うわ、やっぱ気持ち悪いわー」と後ろから。


「で?どうするのよ、マシンガンならあるけど」

ゲコゲコ。

「いやそれはやめてくれ」

ゲコゲコ。


それだと沙良絵を裏切ってしまうし、それに、バグだからと言う理由で倒すのはなんか違う気がするのだ。もちろんそれは俺もだからなんだけど。自分を守るためなのかもしれないけれど。それでも、バグだからって倒すのはあんまりだろ、と俺は気付いたら呟いていた。カマキリ男?あれはいいんだ。


あああ、どうしたらいいんだよ!と頭を抱えている横で、彼女は何やらスマホを操作している。え?何かまた買っているの?マシンガン以上のもの?と考えを巡らせているうちに、何か思いついたらしい。


「良い手を思い付いたわ」

ニヤリと笑う顔を見て、俺は不安になる。

「な、なんだよ!」

ゴゴゴゴ、地面が揺れ出した。カエル男もゲコゲコ不安そうだ。うるさい位に鳴いている。

一瞬、地震かと思ったけれど違う。絶対に違う。彼女を見れば一目瞭然だ。揺らしているのは地震じゃなくて、彼女だ。

「お前。何を買ったんだよ」と喫茶店で彼女が見せてくれたショップリストを思い出す。確か下のほうに明らかにふざけているとしか思えないような金額とそのアイテムが羅列してあった。彼女曰く、誰も買うはずのないユニークアイテムよ、と教えてくれたが笑えない金額だったことを覚えている。何を買ったんだ?

彼女は光り輝く姿をみて、これってオーラにも見えるよな、とそこであることを思い出す。

「まさか……波動砲?」

確かにそれはショップリストのすっごく下の方にあった。でも桁外れの金額で、0がいくつあるかはわからない。


「おいそれは色々まずいだろ」

なになに?何で?波動砲?もしかしてカエル男をかき消せば、倒したことにはならない、とか意味のわからないこと考えちゃっている?クリアできないっていう問題は解決するのかもしれないけれど、話が違うって。それにその金額やばいだろ?

やめろって、まずいって、と俺は叫ぶが、彼女は「平気よ」と不敵に笑う。絶対ダメだろ。でも彼女は止まらない。

「平気よ。だって私は」


彼女は前を向き右手を掲げる。そこに彼女の纏っているオーラが集まり出す。


「石油の王様だもの」


「いっけー!」という彼女の掛け声とともに波動砲は発射される。しかも、「もう一発―!」と彼女が叫んだかと思うと、本当に左手からもう一度波動砲が発射された。本当にカエル男をかき消すのかもしれないと思ったが、横でゲコゲコ鳴く声が聞こえる。カエル男はいつの間にか俺の腕にしがみ付いていた。キモ可愛い。でもじゃあ一体何に向かって撃ったんだ?


彼女はどこでもない場所に向けて撃ったらしい。いうなれば空間にだ。俺たちの目の前には一面のお花畑と、空間にぽっかりと穴が開いていた。空いた穴の中は0と1の数字がひしめき合っていて、ああ、本当にこの世界ってゲームなんだな、と思う。


「成功ね」と彼女はニヤリと笑う。一体何をしたんだ?

「これって何?」

「エラーよ」

「エラー?」

「予期せぬエラーを強制的に起こしてみたの」

「へ?」

「あれは波動砲といってね、すっごい高くて、まぁおふざけアイテムなんだけど、だから普通は使わないの。でも表示されるってことは一発くらいは想定されて作られていると思うんだけど、2発はさすがにエラー起こすかなって」

まじかよそのためにそんな大金を?ああ、でもちらっと聞こえたけど、こいつ本当に……。

「で、カエル男はバグでしょ?だから帰るところはきっとこの中よ。きっときちんとエラー処理されるんじゃないかしら」

なるほど。確かにこれなら沙良絵との約束も守れているような気がする。倒さずに、傷つけないで、本来の居場所に返せるのだから。

「さ、閉じる前に帰りなさい。せっかく開けたんだから」

カエル男は相変わらずゲコゲコ鳴くとぴょーんと空間に中に入っていった。しばらくすると空間は閉じて、ピンコロピンコロと音色が鳴り響く。


「やった!!やっとクリアしたわ」

見て見て!とスマホを俺に見せて来る。どうやら本当にクリアしたらしい。これにて一件落着?。


本当に?


カエルは自分のところへと帰っていった。

じゃあ俺は?俺もホントはきちんと処理されなきゃいけない存在なんじゃないか?一緒にあの空間に入るべきだったんじゃないか?

そんな悩みを抱えている俺を察してか「どうしたの?」と彼女が声をかけてくる。


「いや、俺これからどうなるのかなって」

「うーんどうだろう。明日になれば処理されるんじゃない?」

「処理って……」そんな簡単言うなよ。

「ああ、そうじゃなくってさ、元に戻るっていうか、この世界がゲームってことを知らないあんたに成るってこと。存在は消えないわよ安心して」

「そうかそれなら」

良いのか?データが書き替えられた俺は本当に俺なのか?別の誰かじゃねーのって思う。でもバグが直るってことは、きっとこの悩んでいたって事実も消える。もうよくわかんね。わかんねーけど、一つだけわかることがある。

問題は俺にあるだけではない。


「なあ、俺明日になったら結構色んなこと忘れているんだろ?」

「……色々書き換えられていると思うわ。でも大丈夫。あなたはそんなことわからないから」

「お前はどうなんだよ」

「え?」

「お前は書き換えられないんだろ?」

「そりゃそうよ」

「そうだよな……覚えていてあげたいよ俺は全部」


けっこう楽しかったんだよ、あの喫茶店でのやり取りとかさ



「そっかー、ちゃんと帰ったんだね、カエル男」

沙良絵に「カエルは無事帰ったぞ」と報告しに行ったら、喜んでくれた。

さすが!優男だね!と言ってくれたが、実際は何もしていない。

彼女のおかげだ。

 ああそっか、あれは彼女の優しさだったなと今さら気付く。やっぱ馬鹿だな。いやバグってんな。

エラーなんて報告すればきっと直してくれたはず。そもそも、ただ倒せば良いだけだったはずだ。わざわざあんなことしてエラーを出す必要なんてない。

じゃあなんであんな大金を使って?

俺だ。同じようにバグである俺に気を使ったんだと思う、ことにする。エラーだからって、バグだからって、運営とかに報告してハイ終わりってことを見せたくなかったのだと思う。都合の良い解釈だとは思うけれど。でもそんな気がするのだ。

あーあ、お礼、言ってねーじゃん。

「そう言えば一緒に居たあの子は?」



 彼女はあの後自分の世界?に帰っていった。ちょっと疲れたしね、と言ってログアウト。彼女がゲームから抜けてもこの世界が止まることはないらしい。ここは常に時間が動いている。「だってほら、ホストが抜けたらゲームが止まるのは困るじゃない?」とのこと。確かに。でもまぁこの世界にプレイヤーは彼女しかいないけれど。


 彼女は逃げた、とも取れるし、気を使ってくれた、とも取れる。でもホントはこれ以上、一緒の記憶を残したくないからだったと思う。だって寂しいじゃんよ。自分だけ知ってて相手が知らないなんて。そんなゲームあるかよって話だ。全然娯楽じゃねー。仮にも俺、パートナーなんだろ?最低じゃねーかそんなの。

 だからさ、彼女に俺はもう一度会いたいと思う。会って、ちゃんとありがとう、って言いたい。お前の優しさに気付いてるぞって言いたい。でも明日になれば覚えてないのだろう。ちゃんとバグは直っちゃっているのだろう。彼女にお礼を言えないままなのだろう。そういえば彼女の名前、知らないままじゃん。あーあ、まぁいいか。とにかくお礼を言うのだけは忘れて欲しくない。じゃないと彼女だってなんか浮かばれない気がする。だってすっげー楽しみにしていたゲームなんだろ?

 だからそのためにも、俺がバグのままでいてほしい、なんて願いを生まれて初めて本気の本気で神にお祈りをしてみた。信仰なんて特に持ち合わせていないけれどいいよな?そんくらい神様なんだから大目に見てほしい。そしてどうか彼女がこんなゲームによって、罪悪感みたいな邪魔なものを持ってほしくない。

頼むよ頼むよ。

こんなに覚悟して寝たのは初めてだった。




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