03
美春ちゃんの想いと、春樹ちゃんの想いが交差する事で生まれた負のオーラに、関係のない無数の畏れが反応して、春樹ちゃんの周りに集まった。
美春ちゃん以外の畏れに、意思や感情はなかったけれど、同じ畏れだから、美春ちゃんの思い全てに、本能的に反応していただけ。
結果的に、あそこにいた各々が、畏れらしくない意思や感情がある様に見えたんだね。
ただ、やっぱり美春ちゃんみたいな畏れは、特殊だよ。
異能使いを食い尽くそうと言うより、その本人と一体化してしまうのだから。
本当に突然変異ってやつだと思うよ。
それだけ、春樹ちゃんを想う気持ちが強かったんだろうね。
そう鏑木が言っていた。
「美春ちゃんは、病気だった。最初はただの風邪かと思っていたのだけれど、なかなか症状が良くならないから、病院に行ったら、もう手の施しようがなくて……」
「……そうだったのか」
「中学に入学してから、すぐの事で、私も両親の離婚があって……話しを聞いているつもりでも、ちゃんと聞けてなかった……ううん、聞けてなかったんじゃなくて、聞こうとしなかった。が正解ね。死ぬ間際に助けてって言われて……自分のしでかした罪の大きさに気付いたの」
庄司は病気が発覚後、すぐに入院したらしいのだけれど、病状はかなり進行していて、先は長くないと、本人にも伝わっていた様だ。
それでも、庄司は持ち前の明るさで、病気には負けまいと頑張ってはみたものの、やはり襲いかかる病魔には勝てずに、連絡を受けた春樹が駆けつけた数秒後に、息を引き取ったらしい。
その際、最期に庄司から発せられた言葉が、春樹の言う『助けて』だった。
「私は、自分の事で手一杯だった。それでも、毎日お見舞いに行っては、美春ちゃんの話しを聞いていたの。病気が治ったら、また一緒に遊びに行こうとか、高校受験までには何とか治したいとか、好きな人の話とか……。でも、私は全てに対して上の空で聞いていた。本当に聞いていたのなら、美春ちゃんの心の叫びに気付けていた筈なのに……」
「本当に気付かなかったのかい?」
「鏑木!それは、春樹のせいじゃないだろ。そりゃ、誰だって死ぬ間際は怖いさ。そんな事出来ないって分かっていても、助けてって言いたくなるものなのかもしれない。それに、春樹だって大変な時期だったんだ。中学一年生の子供に、そんな器用に立ち回れ。と言う方が酷な気もするけれど……」
「……そうだね。普通の子供だったらそうかもしれない。でも、私は異能使いだから」
神の化身とも言われる能力。
けれど、春樹は第七感の持ち主でもあった。
人間の心の声が聞こえたり、心臓や脈拍の音で、その人物が何を考えているのかが分かってしまう、聴覚の持ち主。
道理で聞き上手な訳だ。
「心の声は、聞こうと思わなければ聞こえないけれど、あの時は、聞くべきだった。美春ちゃんが楽しそうに、病気が治った後の話をする時、必ず脈拍が上がっていた。自分には、治った先なんてない。これからなんてないけれど、死を考えるのも怖いから、一生懸命嘘をついて……。鏑木さんの言う通り。私、気付いていたのに……美春ちゃんから逃げてしまった……っ」
ベッドの上で膝を抱え、ボロボロと涙を流しながら、僕達に事の経緯を話してくれた。
庄司を祓った後、家の外まで漏れ出していた無数の畏れも一緒に祓ったから、もうこの部屋に畏れは存在しない。
だから、空気が重く、暗いのは畏れのせいではないのだけれど。
「自分の能力を自分の都合だけで、使っていた。大切な親友を傷付けて、蔑ろにした罪の重さに耐えきれなくて……美春ちゃんを祓う事で、自分も死のうとした。美春ちゃんには、私の能力の事を話していたから、それが望みならって……。冷静に考えれば、美春ちゃんが、私に死んで欲しいなんて思う様な子じゃないのに」
「結果的に、君は最期の最期まで、大切な友人を蔑ろにする所だったんだよ?自分の声を届ける為に、春樹ちゃんと一体化して、春樹ちゃんを通して、僕達に語りかけてくるなんて、そんな畏れはそうそう存在しないさ」
「鏑木!!お前、もう少し言い方ってもんがあるだろう!!」
「良いの、城本川君。本当にその通りだから」
「春樹……」
「私は、自分が楽になる為に、美春ちゃんを利用していたの。美春ちゃんの為なんかじゃない。私は、私が救われたくて、美春ちゃんを利用していた」
「そんな言い方しなくても良いよ!」
「違うの。私はずっと、自分の死を望んでいた。気付けば畏れを探す日々。でも、そこら辺にいる畏れでは、私の能力を使い切るにはあまりにも弱すぎて……。美春ちゃんの声がした時は驚いた。意志のある畏れに出会ったのも初めってだったから」
「そりゃあ、普通はいないからね」
「畏れになった美春ちゃんの声を聞いた時初めて、自分がやっと死ねるんだって思ったの」
庄司が亡くなってからの約二年。
死だけを考えてきた春樹。
「酷い話しよね。親友の悲痛な声を聞いても尚、自分の都合でしか動かなかったのだから。本当にもう……何から何まで鏑木さんの言う通りで……。もし、城本川君達と鏑木さんが来てくれなかったら、私はとんでもない重罪を起こす所だった。本当に、本当に、来てくれてありがとうっ。それと、迷惑かけてごめんなさい……」
春樹は、庄司が笑っている。と言っていた。
数ヶ月もの間、苦しんできた二人が、もし僕達が来た事によって救われたのだとしたら、同級生の畏れを手に掛けた、その重さも少しは軽くなるだろうか。
自分の右手を見つめ、それはないと悟る。
「城本君、大丈夫かい?」
僕は、この重みを忘れてはいけないんだと思う。
今まで、何となく陰陽師紛いな事をして、畏れを祓ってきた。
それは、たまたま自分が異能使いで、鏑木とは違う、畏れを祓える第六感があったから。
自分がこの能力を持っていると言う事は、そうすべきなんだと、ただ漠然と畏れを祓ってきた。
けれど、畏れだって元々は血の通った人間だったり、動物だったりするんだ。
僕は、大切な事を分かっていなかった。
畏れになるには、それなりの理由があるのだから。
春樹と庄司に再会しなければ、きっとこんな大切な事を、もしかしたら、ずっと気付けないでいたかもしれない。
それは、嫌だな。
僕こそ、二人に感謝すべきなんだ。
大切な事に、気付かせてくれた二人に……。
ごめんなさい。なんて、言われて良い訳がない。
だから、僕は決して忘れはしない。
今日というこの日を。
鏑木は、相変わらず僕を心配してくれるけど。
「……あぁ、大丈夫だ」
今度こそ、本当にそう思えるよ。
そして、何気ない日常が、また始まる。
難解、不可解、なんでもござれ!!
あなたの周りに、何をしても解決出来ない問題はありませんか?
そこのお困りのあなた!
私達が力になります。
まずは、お気軽にご相談を。
城本川事務所まで!!
「……何なんだ、これは」
「おぉ!いかにもそれっぽくて良いじゃない」
「でしょ?でしょ?ねぇ、泉琉君はどう思う!?」
「どうも何も……まず、お前は何故朝っぱらから家でご飯を食べているんだ」
あれから一ヶ月。
もうすぐで夏休みに入ろうというタイミングで、こいつは僕の高校に編入してきた。
しかも、同じクラス。
「あら、良いじゃない!今日から青葉ちゃんは我が家で暮らすのだから、何の不思議もないわよ。女の子が居た方が食卓も明るくなるしね-!!」
「おば様、お心遣いありがとうございます」
「良いのよ、気にしないで。それに、おば様じゃなくて、お母様って呼んでくれても……あらっ!私ったら何を言ってるのかしらぁ!やぁねぇ」
「君のお母さん、何だかすごく楽しそうだね」
鏑木の言うように、母親一人が舞い上がって、はしゃいでいる。
そうか……。
約束の日は今日だったか。
春樹が親元を離れて、一人暮らしをしたいと、あの後すぐ、母親に告げていた。
全てを終え、春樹はもう大丈夫だと、別室で待っている母親に報告している最中に、突然言い出す物だから、僕と鏑木は、顔を見合わせたのを覚えている。
当然、母親としても寝耳に水な訳で、僕達が何か吹き込んだと疑われ、身に覚えのないクレームをもらいかける所ではあったけれど、そこは春樹が、僕達は関係ないと必死で庇ってくれた。
「私は……このままでは駄目なの。ちゃんとした大人にならなければ。それは、良い学校を出て、良い会社に勤めてとか、そう言う事ではなくて、精神的にきちんと自立した大人にならなければないないの。美春ちゃんの分まで。それが、私なりの美春ちゃんへの償い方だから」
春樹はそう言っていた。
さすがに、能力の事は母親には話さなかったけれど、だからか、母親としてはその言い分は理解に苦しむし、高校一年生の子供が、しかも女の子を親元から離れて暮らさせる訳にはいくまいと、話しは平行線を辿る一方ではあったけれど、何というか、やはり、この鏑木楓を僕は好きにはなれない。
「じゃあ、城本君の家で下宿っていう形を取ったらどうだい?ほら、君の家無駄に広くて部屋はたくさん空いてるし、幼なじみなら気兼ねないだろ?それに、実家で変な気を起こそうだなんて、君なら思わないだろうしさ」
「鏑木!!!」
こいつは、誰に何の許可を取る事もなく、独断と偏見で、まぁいけしゃあしゃあと。
しかも、春樹の母親の前で変な気とか言うな!!!
さすがにこの選択肢はない。
そう思っていたのは、どうやら僕だけだったようで……。
春樹も春樹なら、その母親も母親だ。
可愛い一人娘を、何処の馬とも知れない男の家に住まわせて良いのか!?
まぁ、何処の馬ーーではないけれど。
それは良い!!!と言わんばかりの場の空気。
後は、僕の返答次第で、この場でノーが言えるほど僕はまだ大人ではない。
一応、両親と祖父母に相談してから。となんとかその場は丸く収めたものの、僕の家族もなかなかな者だったらしい。
家に女の子が来る。
しかも、相手は小学校時代のマドンナ的存在、春樹青葉。
一家総出で喜んでいたものだ。
まぁ、鏑木楓と言う男を家に居候させてるあたり、根本的に自分達の生活の中に、赤の他人が入り込む事自体、気にしない人達なのかもしれない。
そうなると、僕ともしても、春樹の同居を認めざるを得なかった。
確かに、一人暮らしをさせるのは心配だし、変な男に掴まって、人生台無しになっても困る。
なら、我が家で一緒に暮らした方が、まだ良いのかもしれない。
そう返答した翌日から、何やら色々準備を進めていたらしいのだけれど、転入の手続きや引っ越しの準備、庄司のお墓参り兼、近況報告をしていたら、あっという間に時が経ち、今日に至ると言う訳だ。
「……そうだった。まぁ、それは良いとしてだ。このチラシは一体何なんだ?あと、その泉琉って呼び方は急にどうした??」
少々照れくさい。
「だって、城本川君って長いでしょ?鏑木さんだって省略して呼んでるし、でも、鏑木さんと同じ呼び方は、幼なじみとしては癪に障るから、親しみを込めて泉琉君って呼ぼうかなって」
「春樹ちゃん、さらっと酷い事言ったよー」
「私達の能力を使えば、どんな困った人達も助けられると思うの。私は自分の能力を、間違った使い方をしてきた。だから、今度は本当に誰かの力になりたいなって思って」
そうか。
それは、大層立派な心掛けなのだが……。
「城本川事務所って、なんで家!?」
「だって、ここが一番適任でしょ。ねぇ、お母さん?」
いや、お前はお母さんなんて呼ぶな鏑木!
「えぇ、えぇ、何をしようとしてるのか分からないけれど、道場さえ汚さないでいてくれたら、何でも良いわよー」
「母さん!?!?」
「あら、若い内は色々とやってみる方が良いのよ!まぁ鏑木さんもいるんだし、お母さんはあなた達のやることに口は挟まないわ。あ!そうだ!お隣さんに回覧板回して来ないと!後は自分達でやってねー」
「はい!おば様!!ありがとうございます!!」
どいつもこいつも。とはこの事か。
そもそも、何で鏑木に対する信用度がこんなに高いのだ!?
こいつ、家に居候しているニートなんだけれど。
まぁ、母さんは僕の能力について、知ってはいるから、何となく察してくれては居るんだろうけれど……。
それにしても、どうして僕の周りの人間は、こうも危機感がないんだ!!
「その話しを春樹ちゃんから聞いてね。だったら、チラシ作って、宣伝したら?って言ったのさ。まぁでも、春樹ちゃん、君の能力はあまり酷使させられないけれどね」
「それは、重々承知してます。でも、私は人の嘘を見抜いたり、心を読めたりするから、そっち方面でお役に立てればなと」
「うん、良い心掛けだ!!」
どこがだよ!!
でも、この二人、僕にどうこう意見を求めてくる割には、既に話しを進めつつあるようで……。
結局僕は、付き合うしかないんだろうな。
春樹がこんなに自己主張が強い子だったなんて……。
だからって、気持ちは変わる訳ではないけれど。
むしろ、今の春樹の方が生き生きとしていて、瞳に力がある。
きっと、やっと自分のやるべき事を見つけたのだろうな。
少々、羨ましい。
なんて、軽々しく言ってはいけないか。
春樹と庄司の事を思えば……。
ともすれば、僕の答えは一つだ。
彼女がそれで、笑ってくれるのなら、振り回され役に徹するのも、まぁ悪くないかな。
「……勝手にしてくれ」
これからしばらくは、賑やかな日々が続きそうだ。
異能使い 城本川 泉琉 深咲 柊梨 @mashusaki0713
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