02

 「……はぁ」

 彼が用意してくれた朝食を、余すことなく、ペロリと平らげた頃、目の前にいるイケメンが、これ見よがしに、大きくため息をついた。

 「な、何よ」

 「うん……」

 何か言いたげに、視線をテーブルに向けたままの瞼には、女子が羨むほどの長い睫毛が、隙間を埋め尽くすようにして生えている。

 「あのさぁ、前から気になってたんだけど……」

 「何よぉ!勿体振らないで、早く言ってよ!」

 手を組んだり、離したりしながら、はっきりしない彼に、少しばかり苛ついた私は、思わず声を荒げてしまった。

 ……ほんの少しばかり。

 「あのね。まり子は女の子なんだから、もう少し言葉使いには……気を付けた方が良いと、僕は思うんだ」

 子供の頃から言われている事。

 大人になって、社会に出て働くようになって、彼氏も出来て……。

 これでも、少しは良くなった方なの。

 ただ、未だに少し、出ちゃう時はあるけれど……。

 至極真っ当な事を、一日の始まりから言われてしまった私。

 「女の子が、うまいって言うのはどうだろう?」

 「べ、別に、あんたには関係ないでしょ!」

 あぁ。

 駄目な私。

 素直になれずに、謝れもしない三十路なんて、救いようがない。

 「僕は、つまらない事で、まり子の評価が下がるのが嫌なんだよ。本当はすごく優しいのに、言葉使いが乱暴だと、それだけで怖く感じるでしょ?」

 「お生憎様!そんな事で評価を落とす私じゃなくってよ!!」

 いや、もう私何キャラよ。

 なくってよ!!とかさ、普段絶対言わないのに。

 と言うより、私の人生の中で、まさか使うとは思わなんだ。

 だいたい!武将らしくない、この男がいけない!!

 彼が来てからと言うもの、どうも調子が狂う。

 「それなら良いんだけど……」

 どこか頼りなくて、おかんで、どちらかと言うと乙女な彼は、本当に武将だったのか、疑わしいことこの上ない。

 「そう言えば、今日バイトの面接じゃなかった?ワイシャツとスーツ用意してあるから、そろそろ準備した方が良いかもね」

 「あっ!そうだった!もー!!あんたが変なこと言うからー!!」

 とりあえず、生活の為に、バイトでも何でもしないと!!

 そう思った私は、先週某ファミリーレストランでの面接を申し込んだ。

 「お金の事は、心配しなくて良いのに」

 それは……ずっと、私が気になっていた事。

 私のお金の事なのに、何となぁく今まで聞けなかったのだけれど、もしやこれは聞くチャンス!?

 「そ、そう言えば、前から聞こうと思ってたんだけど、その……食費って……どうしてたの?」

 「ん?僕、働いてるから、それで当ててたよ。食費だけじゃなくて、光熱費なんかもね」

 「え!?」

 「だから、まり子がわざわざ働かなくても、僕が働いてるから大丈夫なのに」

 「え!?!?」

 そう言えば、ちょこちょこ家に居ない日がある。

 「出来れば僕が、このまま、まり子を養っていきたいなーって思ってるよ?」

 「えぇぇぇっ!?!?!?」

 ちょっと待って!!

 「因みに、まり子の貯金から借りてた分、全額口座に返しておいたから、安心してね」

 ニコっ。

 と言う効果音が、いかにも付きそうな笑顔で、そんな事を急に言われても……。

 本当は、何かの詐欺にあってるのではないかと、内心少し思っていた。

 だって、何の理由があって、こんなイケメンが私の前に現れて、何にもないーーあるとすれば、多少の貯金しかない私の身の回り世話をするの!?

 仕事も恋愛も終末を迎えて……傷心の三十路の女につけ込み、優しくするふりをして、貯金をあるだけ搾り取る。

 そんな詐欺なのではないかと。

 確かにこの目で、彼が空から降ってくるのは見たし、その彼を介抱したのは私なのだけれど。

 何もかもを無くしたその日に、彼と出会ってしまった私は、俄には、彼の事を信じる事が出来なかったのだ。

 だから、騙されているかもしれないと思うと、怖くて聞けなかった。

 これ以上、私から奪わないで欲しかったから。

 そう思っていたのだけれど……まさかの、まさかの彼からの言葉。

 これは所謂、世間一般で言うところのプロポーズなのだろうか?

 あまりにもさらっと、重要な事を言う物だから、聞き逃してしまう所だったが、それって、やっぱりそういう意味なの!?

 「いやいやいや、ちょ、ちょっと待って!」

 「ん?」

 そんな澄んだ目で私を見るな!!

 何でこの人はいかにも、当然の事だけど何か?的な目で私を見る!!

 私がおかしいのか!?

 いや、冷静に考えて、やっぱりそれはないよね。

 「もしかして、介抱してもらったから。とか、行く当てもない自分を、家に置いてくれてるから。とか、そんな理由でそういう事を言っているのなら、そんな恩義感じなくても良いからね。むしろ、それはちょっと重いと言うか、何と言うか……ねぇ?」

 そうそう。

 吊り橋効果的なね。

 きっとそうよ!そうに違いない!

 ちょっと上から目線な言い方の自分に、嫌気が差すけど……。 

 「ん?そういう訳じゃなくて、僕は純粋にまり子の事が好きだから、そう思っているのだけれど?」

 本気だったー!!!

 嘘でしょ?

 私なんか、失業プラス失恋したばかりの三十路だし、これと言って取り柄もないし、顔だって、すごく可愛い訳でもなければ、性格だって特別良くないし……。

 やっぱり詐欺!?

 石田三成を名乗る、新手の、それもかなりの斬新な詐欺師なの!?

 「ねぇねぇ、まり子」

 「な、何!?」

 返事とか、そんなすぐに出来ないし、と言うか、急展開過ぎて、頭付いていかないし!

 「時間、平気!?」

 「あぁぁぁぉうっっ!!?」

 急いで立ち上がったものだから、椅子の脚に足の小指をぶつけるし、突然の告白に、パニック状態の私は、当たり前だけど、平常心では今日一日を送れないだろう。

 面接だって、どうなる事やら……。

 こうして、突然降ってきた、戦国武将の石田三成に、これまた突然さらっと告白された、私の物語が始まる。

 それは……甘くも切なく、彼と過ごした数ヶ月の非日常的ラブストーリー。

 けれど、この時の私には、彼が私の前に現れた理由と、彼が私に抱いていた、本当の想いを、知る由もなかった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私の嫁は石田三成(属性おかん) 深咲 柊梨 @mashusaki0713

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ