第27話 艦隊出撃!
「赤城で黒島参謀が見つかったですってえ!」
一航艦の出撃を見送る、大和の第一艦橋。
艦首の前方に差し掛かった赤城からの発光信号の内容に、寿子は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
隣に立つ束も口元をひくつかせている。
「士官が密航とか、新し過ぎるだろ……山本長官、今度という今度ばかりは」
「あはは、しょうがないな亀ちゃんは」
五十子は最初こそ大きな目をぱちくりさせていたが、最後はのほほんと笑ってそう言った。
「大丈夫、洋平君に任せよう。赤城へ信号、健闘を祈る!」
大和からもサーチライトを明滅させ、返信。やや減速気味だった赤城が、諦めたようにスピードを上げて大和の前を通り過ぎていく。
大和のあちこちに並んだ海軍乙女達が、赤城に向かって白い帽子を振った。赤城からも、盛んに帽子を振ってこれに応える。軍艦が出航する時の挨拶だ。
両方の艦で、無数の帽子が揺れる。まるで桜の花びらのようだと寿子は思いながら、黒島亀子が赤城に密航した理由を考える。
答えは、すぐに見つかった。
「……黒島参謀、ずるいですねえ」
艦尾に大きな渦を残して遠ざかる赤城に双眼鏡を向けて、寿子はぽつりと言った。
「未来人さんは、歴史を変えるために赤城に乗り込んだんです。私だって、その瞬間に立ち会いたかったですよお」
五十子は何も言わず微笑んだまま、自らも双眼鏡を赤城に向け続ける。
こういう時、五十子が第一艦橋に長時間立っていることは稀だ。いつもならすぐに「ヤスちゃん、将棋さそ」と、1フロア下の作戦室に誘われる。無精しているように思われるかもしれないが、艦橋に詰める高柳艦長はじめ大和のクルーが緊張で気疲れしないようにとの五十子の配慮なのだと寿子は知っている。
それがこの時は、第一航空艦隊の最後の艦影が水平線の彼方に消えるまで見守り続けた。
「……ヤスちゃん。わたしの直率部隊と第一艦隊は、すぐに出撃できる状態になってる?」
そして、急にそんなことを言い出した。寿子は目を丸くする。
「は、はい。内火艇やカッターはしまいましたし、燃料と弾薬食糧の補給も終わってますし……でも軍令部に提出した行動表だと、私達の出撃は2日後の5月29日の予定では……?」
「じゃあ、今から予定を変更しよう。直率部隊及び第一艦隊に下令、直ちに出撃」
唐突な命令。艦橋に緊張が走る。
束が複雑な表情を浮かべて、五十子を見た。
「……一応言っておくが、軍令部総長から指示されている最低300浬の件は」
「勿論覚えてるよ、束ちゃん。けど今は連合艦隊揃っての出撃だってことを印象付けて、全体の士気を少しでも高めたいの。距離を開けるのは、作戦海域に近付いてからでも遅くはないよ」
政治的パフォーマンス? 山本五十子らしくないなと寿子は思う。
いや、今のは多分、五十子の真意ではない。
やっぱり、心配なんだろうか。
「……そうか。覚えてくれてるなら、それで良い」
束はそれ以上の発言を控え、後ろに下がった。
「発光信号送れ、艦隊出撃!」「
艦上に軍楽隊の出撃ラッパが鳴り響き、錨鎖が巻き上げられる。
「右後進半速!」「左前進原速!」
大和は繋留されていた
僚艦の
一方、第一艦隊も旗艦
各艦の反応が早い。戦艦部隊にとっては開戦以来初の出撃で、演習に使える燃料も限られていた中で艦隊運動の練度は決して高くないにも関わらずだ。
寿子は、南雲機動部隊よりも2日遅れで出航するという方針を自分が伝えた時の戦艦幕僚達の不服そうな顔を覚えていた。やはり皆、空母に負けず一分一秒も早く出撃することを切望していたのだ。
「第一艦隊の
下士官が信号内容を読み上げる。
寿子は五十子の方を向いて、頷いてみせた。
「乗組員あっての艦隊です。山本長官のなさったことは、間違ってないと思います」
五十子は双眼鏡を巡らし、伊勢型戦艦2隻に後続する
その後ろ姿が、不意にぐらりと揺れた。束が眉をひそめる。
「……長官?」
寿子も異変に気付いた。
五十子の身体が大きく傾く。双眼鏡が壁にぶつかって、硬い音を響かせる。倒れそうになるのを、寿子達は咄嗟に駆け寄って支えた。
艦橋が瞬く間に騒然となる。
「長官! しっかりして下さい、山本長官!」「意識が無い、すぐに医務室へ……」
「駄目です!」
目を閉じてぐったりとした五十子の頭をかき抱いて、寿子は叫ぶ。
「長官のさっきの言葉を忘れましたか! せっかく士気が高まっているんです、このことを一般兵に知られては絶対に駄目です! 長官は作戦室に運びます。皆さんも他言無用でお願いします!」
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