第2話 エンジェル・エッグ~生命の話・出逢い~
暗い水面を揺蕩う一槽の小舟のように、ゆらゆらと揺らめきながらサンクチュアリロードは続いていた。ほんのりと薄紫の光を放ち、ゆらゆら ゆらゆら。かすかにラベンダーの香りがする。ここは暖かい・・。
「それにしても、なんて真っ暗なのかしら・・・。」
上も下も右も左も真っ暗闇で、サンクチュアリロードを歩くラッキーはまるで宙に浮いているみたいだった。
「もうロウソクの火も消えかかってきたし・・・。」
ラッキーはどんどん心細くなったきた。
「あっ!何か光ったわ。」
いつまでも続くかと思われた暗闇のその先で、ロウソクの火が何かに反射した。
「ガラスだわ!!」
ラッキーは少し元気を取り戻し急ぎ足になった。ドレスの裾に躓いて転ばぬよう気を付けながら、小走りで光の方に近付いて行った。
サンクチュアリロードの終点は、ボールのように丸い小さなガラスの空間だった。
「ここね・・・。」
ガラスの小部屋には新しいロウソクが何本も置いてあった。そしてちょっとした白いテーブルとイスが2脚。それにベッドも置いてあった。テーブルの上には藤籠が置いてあり、中にいくつかの果物が入っていた。ラッキーはとりあえず新しいロウソクに火を灯し、イスに座ってみた。床も天井も、もちろん壁もガラス張りでやっぱり宙に浮いている感じだった。
「スゴーイ・・・。」
ラッキーは思わず溜息をもらした。
「闇に吸い込まれてしまいそう・・。」
長い長いサンクチュアリロードをたった一人で緊張しながら歩いて来たせいか、ラッキーはいつの間にかイスに座ったままウトウトし始めていた。
「う、うん・・・」
どのくらい時が経ったのだろうか、気が付いたラッキーは今の自分の状況がよくわからなかった。
「ここは・・・?そうだ!私、旅立ったんだわ。そして無事にガラスの小部屋に着いたのよね!」
一眠りして元気の出たラッキーは、藤籠の中の黄色い実をかじりながら改めて周りを見渡した。
「ここでどのくらい待つのかしら?何だか心細いな・・・。こんな時イエローバディ先生が居てくれたら・・。」
太っちょで豪快なイエローバディ先生は面白いお話もいっぱいご存じで、そこに居るだけで周りが明るくなるような人柄だった。
「そんな先生がお痩せになって動けなくなってるなんて・・・はぁ・・・。」
ラッキーは旅立ちの前に聞かされたエストローナ先生の話を思い出していた。
「それにしても・・・。」
ふと思い出したかのようにラッキーがつぶやいた。
「王子様・・・ホーリー・シードだったかしら?その方達はどこから来るのかしら?」
上も下も右も左も真っ暗闇で、道らしきものはラッキーが通ってきたサンクチュアリロード以外には見当たらない。
「まさかサンクチュアリロードから来る・・・訳はないものね。」
その時だった。遠くの方で小さな白い灯りが揺らめいたように見えた。
「あれっ?」
そう思った時にはその白い揺らめきは消え、今度は青い光がボンヤリと動いているように見えた。
「何かしら?あの青い光は?」
青い光はどんどん大きくなり、こちらに向かっているようにも見える。最初はボンヤリと動いているように見えた青い光は、近付くにつれて一つ一つの小さな光の集合体であることが見て取れた。
「もしかして・・・」
ラッキーの胸は高鳴った。心臓がドキドキして口から出て来そうになった。そうこうしているうちに、一つ一つの青い光がハッキリと見て取れるようになってきた。ホーリー・シード達は皆青く光ったいた。そしてどうやら青く光るホーリー・シード達はこちらに向かって崖を登ってくるようだった。
「ここは高い所だったのね・・。それにしても・・なんて神秘的なのかしら。」
ラッキーはその暗闇に浮かぶ青き河の流れのような光景をうっとりと見詰めていた。
「それに・・皆なんて若いのかしら・・。」
ラッキーは急に不安になってきた。最初のホーリー・シードの顔がハッキリと見えるようになった時、どこからか声が聞こえた。
「いたぞー!エンジェルだ!!」
「エンジェルだ!エンジェルだ!」
幾つもの声が重なりステレオのようにワンワンと響いていた。そしてあっという間にガラスの小部屋の周りは青い光で一杯になった。右も左も前も後ろも、そして上も下も・・びっしりと青い光が囲んでいる。ラッキーは胸が高鳴るのを通り越して少し怖くなった。
「あれっ?」
一人の若者の声がした。
「なんかオバサンじゃない?」
「ホントだ!オバサンだ!」
「オバサンだ!!」
ラッキーは恥ずかしくなり耳まで真っ赤になり口をギュッと結んだ。
「エンジェルってもっと若くてピチピチしてるって聞いてたけど、なんか少しシワシワしてないか?このエンジェル。」
ザワ・ザワ・ザワ・ザワ・・・
その声に周囲が今までとは違うざわつきを始めたのがラッキーにはハッキリとわかった。
「ど、どうしよう・・・。」
ラッキーは居た堪れなくなって少しうつむいた。
「オバサンが厚化粧してドレス着てるぞー!!」
ラッキーはもう顔を上げる事も出来なくなっていた。その瞳からは涙がポロポロと落ち始めた。
「やめろよ!アンディー!!」
その時、精悍な声が凛と響いた。
「何だよフェイト!カッコつけやがって!!」
「エンジェルが困っているのがわからないのか、アンディー!それによく見てみろよ。オバサンなんかじゃない。可愛いじゃないか!!」
「はぁ?あー、お前ババ専だもんなー。」
「だからやめろって言ってるだろ!!失礼じゃないか!エンジェルに謝れよ!!」
「ホントのこと言って何が悪いんだよ!お前こそカッコつけてんじゃねーよ!!」
二人は今にも掴み合って喧嘩を始めそうな勢いだった。
「やめてください・・・」
ラッキーは蚊の鳴くような小さな声でやっとしゃべった。
「あーん?なんか言った、オバサン?」
「だからやめろって・・・」
「やめてください!!」
ラッキーは今度は勇気を振り絞って、大きな声でハッキリと叫んだ。
「いいんです、私。本当にオバサンですから。もう33ですから。だから本当にいいんです。」
瞳に涙を溜めて、でも真っ直ぐに顔を上げてラッキーはきっぱりと言った。
「ほら、本人がいいって言ってるじゃんか・・・。」
アンディーと呼ばれた若者は少しだけ申し訳なさそうに言ってラッキーに背を向けた。
「そんな事ないよ!!」
今度はフェイトと呼ばれた若者がきっぱりと言い放ち、ガラスの小部屋に近付いてきた。
「そんな事ないよ!君は可愛いよ。」
もう一度そう言い、ニコッとラッキーに笑いかけた。その瞬間、一体何が起きたのか・・。気が付くとラッキーはガラス越しのフェイトの手に自分の手を重ねていた。そして一瞬、周りの景色がグニャリと歪んだように感じた。
「ありがとう、エンジェル。」
フェイトがそうラッキーに言った時には、二人の間にあったガラスがいつの間にかなくなっていた。
「中に入れてくれてありがとう、エンジェル。」
フェイトがもう一度ラッキーに話しかけた。
「あっ、いえ。お礼を言うのは私の方です。」
頭の芯がボーっとしびれている中、ラッキーはようやく言葉を返すことができた。
「ありがとうございました、フェイトさん。」
「あれっ?僕の名前・・・」
「さっきそう呼ばれていたから・・ババ専のフェイトって・・・。」
「ハハハ!僕はババ専なんかじゃないよ。君みたいに可愛い子が好きなんだ!」
ラッキーはまた耳まで赤くなった。今度は何だか口元がが緩んでしまう感じだった。
「君は?名前は?」
「ラッキー・・・と、言います。」
「そう。じゃあラッキー、改めて宜しく!」
フェイトが右手を差し出した。ラッキーはおずおずとその青く光る手を掴んだ。その手は少しヒンヤリと、そして瑞々しかった。
「やっぱり若いのね・・・」
「気にするなよ、ラッキー。僕達は君達と違って毎日産まれてくるんだから当然さ。」
「えっ!毎日?」
「そう、毎日。そして産まれてから72日でホーリー・シードとして旅立つんだ。」
「産まれて72日で旅立ちなんて・・・スゴイのね。」
「そして旅立ちも毎日あるんだ。毎日何億という仲間が旅立ち、何億という仲間が産まれてくる。その中でこうしてエンジェルと出逢えるのは何百億分の一の奇跡なんだ!!」
「奇跡・・・。フェイトはその奇跡を手に入れたのね・・・。」
「そうさ!!」
フェイトは少し恥ずかしそうに、でも得意気に言った。
「でも本当の奇跡はこれから二人で手に入れるんだよ。」
「本当の奇跡・・・?」
ラッキーはエストローナ先生の言葉を思い出していた。
「ラッキー知ってるかい?君達エンジェルは僕達ホーリー・シードと出逢うと、ホーリー・エンジェルになるんだよ。」
「ホーリーー・エンジェル?グレート・エンジェルじゃないの?」
「その一つ手前さ。ホーリー・エンジェルとなった君と僕の二人で、グレート・エンジェルを目指すんだ。
「二人で・・・この後どうするのかご存知ですか?」
「うーん・・・。君と一緒に太っちょの先生が来るって聞いてるんだけどな・・・」
「あっ!イエローバディー先生の事ですね!」
「その先生はどうしたの?その先生が教えてくれるって聞いてるんだど・・・。」
「それが・・・」
ラッキーは今までの経緯を事細かにフェイトに話した。どのくらい時が経ったのか、あんなにいっぱい居た青いホーリー・シード達はいつの間にか一人も居なくなっていた。
「・・・そうだったのか。ラッキー、辛かったね、一人で大変だったね・・・。君は偉いよ!そんなに細い身体で優しい心で、一人で頑張ってここまで来たんね。」
「・・・・・」
ラッキーは何だかとても心安らかになり、涙が出そうになったのをグッと堪えた。
「よし!!これからはもう一人じゃない。僕が君を守るから、もう涙とはサヨナラだね。」
そう言ってフェイトはニコッと笑った。その笑顔を見た途端、せっかく押し戻した涙が一斉にポロポロ溢れてきて、ラッキーには止めることが出来なかった。
「涙にはサヨナラだって言ったのに・・・。」
フェイトは少し困ったようにそう言いながら、両手でラッキーの頬を包み涙を拭ってくれた。
「ありがとう・・・」
ラッキーはお礼を言おうとしたが、その言葉はフェイトの優しいキスに消されてしまった。その瞬間、ガラスの小部屋が急に物凄い速さで落下し始めた。
「キャーーーーーーー!!」
ラッキーの身体は宙に投げ出されてしまった。
「ラッキー!僕に掴まるんだ!!」
フェイトの少しヒンヤリとした手が放り出されたラッキーの身体をグッと引き寄せた。
「ラッキー!しっかりするんだ!ラッキー!!」
ラッキーは自分の意識が遠のいて行くのを感じた。遠くの方でフェイトの声がする・・・
「フェイト・・・」
卵の話 @yu-hai
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