卵の話
@yu-hai
第1話 エンジェル・エッグ~生命の話・旅立ち~
私はラッキー。エンジェル・エッグとなってもう33年が過ぎた。私達はご主人様と一緒に400人位で産まれてきて、半分ずつ2つのドームに分かれるのだ。私が住んでいるのはエッグドーム・ウエスト。その反対側にあるのがエッグドーム・イースト。2つのドームの真ん中にはサンクチュアリルームと呼ばれる素敵な場所がある。ほのかに薄紫色に光り、いつもラベンダーの香りに包まれている聖なる場所だ。そこにはエストローナ先生とイエローバディ先生のお二人が住んでらっしゃる。エストローナ先生は私達エッグのお世話をしてくださる先生で、綺麗で優しくて・・私の憧れの先生だ。イエローバディ先生は太っちょで豪快。でもいつも笑ってらして私達に元気を下さるのだ。エッグ達はここで、いつかドームを旅立ちグレートエンジェルになる日を夢見ている。旅立ちの日が決まると憧れのサンクチュアリルームに呼ばれ、綺麗なドレスを纏いうっすらお化粧もして「エンジェル」と呼ばれるようになる。そしてイエローバディ先生に連れられてサンクチュアリロードを通ってドームの外へと旅立って行く。
初めて「エンジェル」が旅立った日の感動は今でも覚えている。あれは私達が12歳の時、透明なチューブのようなサンクチュアリロードを、裾に幾重にもレースがあしらわれているふわっとしたラベンダー色のドレスを着て、少し恥ずかしそうにでもキラキラ輝きながらイエローバディ先生に手を取られ静々と歩いていくエンジェルの姿を、私は皆と一緒の何の飾りもない白いキャミソールを着て下からうっとりと眺めていた。それはそれは華やかで、「あー次は私かもしれない・・」って思うと胸が高鳴った。それからしばらくして、13歳の時に友達のサリーが旅立って行った。その時エストローナ先生が、旅立ちはウエストドームとイーストドーム交互にやってくるのだと教えてくださった。そうそうサリーといえば、ここには幾つかの「都市伝説」があってサリーはいつも「都市伝説」の話をしていた。まだ子供だった頃、ドームの外れの荒野の壁に近付くと「天の声」が聞こえるらしいという噂が流行り、サリーと親友のアリスと3人で冒険に出掛けた事がある。私は怖くて行きたくなかったのだが、おませなサリーに強引に連れて行かれた・・・。結局「天の声」なんてのは聞こえず、へとへとになって帰ってきたのだ。サリーが旅立った後にも、あまり早く旅立つと王子様には出逢えないらしい・・という噂が広まったこともあった。その時はサリーの事が心配で、アリスと二人しばらく眠れなかった。あと、旅立ちから少ししてイエローバディ先生がお戻りになられた時はグレートエンジェルになれなかったって事だ!・・・なんていうのもあった。でも、イエローバディ先生は毎回必ず戻られるので、この噂は怪しいというのがアリスの見解だった。それから・・最近囁かれているのが、30年を過ぎるともうグレートエンジェルにはなれないらしいという噂だ。これは正直かなり凹む都市伝説ではあるが、確かに最初は200人位居た仲間達ももう50~60人に減ってしまったし、残った皆は私も含めて最初の頃に比べると随分とプルルン感がなくなってきている。そういえば先生達もお年を召してきたし・・などと弱気になってしまう今日この頃。5年前に親友だったアリスも旅立って行ったから、今はちょっと寂しいのよね、きっと。アリスは今頃どうしているかしら?そういえば最近イエローバディ先生の姿もお見掛けしないけど、どうされたのかしら・・?
そんなある日、33年続いたこの平和な時を大きく揺るがすような「事件」が起きた。イーストドームの荒野の壁から巨大な針が出現して、そこら辺一帯は立ち入り禁止区域として隔離されてしまったというのだ!しかもそこには5人のエッグ達が住んでいたらしく、彼女達も一緒に隔離されてしまったというのだ!エストローナ先生に尋ねてみると、イーストドームに新しい若い先生がいらっしゃったのだとおっしゃっていた。それなら心配要らないわと思ったのだが、先生の横顔は何だか悲しげだった。
イーストドーム事件から数日、私はエストローナ先生に呼ばれサンクチュアリルームに行くことになった。胸が高鳴った。とうとう・・・とうとうその時が来たのだ!扉が開いた瞬間、私はラベンダーの優しい香りに包まれた。中は白い壁に白い天井、そしてこれまた白い藤編みの椅子があった。眩いばかりの白一色の部屋の中のそこかしこから、色鮮やかな植物が豊かに生い茂っていた。うっとりとその光景を眺めていると、エストローナ先生が優しく肩を叩いた。
「そこにお座りなさい、ラッキー。」
「あっ、はい先生。」
ラッキーは我に返り白い藤編みの椅子にちょこんと腰掛けた。
「ラッキー、これからとても大切なお話をするので、よくお聞きなさいね。」
先生の思い詰めたような眼差しに、何かただごとではない予感がしてラッキーは息を呑んだ。
「あなたは他の子達に比べて少し身体が弱かったから、私もイエローバディ先生も旅立ちを少し先に延ばしていたの。もう少し大人になって丈夫になってから・・そう思っているうちに33年が過ぎてしまった。でもね、あなたはいつも旅立つエッグ達を心から祝福し共に喜び、そして自分の夢も常に忘れずにいたわね。あなたは優しくて聡明な子よ、ラッキー。それは誰よりも私達が知っているわ。そしてもしかしたら私達が思うよりとても強い心を持っているのかもしれない・・。先程イエローバディ先生と相談して、私達はあなたに賭けてみる事にしました。」
「イエローバディ先生は何処にいらっしゃるんですか?」
「先生はご病気で、今少し休まれているのよ。だから今回はあなた一人で旅立つのよ、ラッキー。」
「えっ!」
「心配要らないわ。向こうに着いたらイエローバディ先生の代わりの先生が来てくれるはずだから。」
「何処からいらっしゃるのですか?」
「イーストドーム事件・・あなたも知ってるわよね?あんな風に外の世界から若くて立派な先生が来てくださるから心配要らないわ。」
そう言って先生はこれから起こる事のお話をしてくださった。サンクチュアリロードを抜けるとガラス張りの丸い小部屋がある事。そこでしばらく待っていると大勢のホーリー・シードという男の子達が小部屋の周りにやって来る事。「あなた達の言う王子様の事ね・・」と先生は優しく笑った。それはそれは大勢やって来るので少し怖いかもしれないけど、頑張ってその中からパートナーを一人選ぶ事。その先の旅をずっと共にするパートナーだから、なるべく強くて優しそうなホーリー・シードを選ぶ事。そしてパートナーを決めたら彼の元に行き、ガラス越しに手と手を合わせる事。そうするとそのホーリー・シードだけが自然と中に入ってくるという事。そして・・もしかしたら旅の途中で、イーストドームで隔離されていた5人にも出逢えるかもしれないという事。
「ラッキー・・・」
一通りの説明が終わると、エストローナ先生は深く息をついて一度目を閉じ、そして静かに言った。
「都市伝説の話、あなたも聞いたことがあるでしょ?」
「あれはね、すべて本当のお話なのよ・・。」
ラッキーは驚きのあまり声を出す事も出来なかった。じゃあ、今まで旅立って行った何百人という仲間達は一人もグレートエンジェルになれず天に召されていったの?33年間ドームに居た私は、もうグレートエンジェルにはなれないの?頭の中がクラクラしていた。先生は静かに続けた。
「ご主人様はきっと、時が経つとそうなってしまうという事を知らなかったんだと思うの。エッグ達は自分と一緒に産まれて一緒に齢を取っていくという事を・・。そして齢を取ったエッグはグレートエンジェルになる力を失ってしまうという事を・・。イエローバディ先生が昔おっしゃってたわ。ガラスの小部屋で待っていてもホーリー・シード達がやって来ないって。でもそれは、ホーリー・シード達が居ない訳ではなくエンジェルとホーリー・シードが出逢わないようにご主人様が工夫されているんだって。」
「何故、そんな事を?」
ラッキーには意味がわからなかった。信じていたご主人様に裏切られた思いでいっぱいになった。
「ご主人様を責めてはだめよ、ラッキー。それもご主人様の優しさの一つだったのよ。」
「優しさ?」
「そう、優しさ。グレートエンジェルとなったあなた達が困らないように、幸せにしてあげられるように、まず自分が充分に成長しなければと思っていたのね、きっと。」
「でも今、ご主人様も初めて真実を知り、後悔と悲しみの中に居るのよ。そのためにイエローバディ先生がお痩せになってしまい動けなくなってしまった程の悲しみなのよ、ラッキー。」
「・・・・」
「イーストドーム事件・・あれはね、真実を知ったご主人様がどうにかしてあなた達に巡り会おうとしてらっしゃる証なのよ。」
「・・・・?!」
エストローナ先生はまた目を閉じ、そしてさっきより大きく深く息をついて今度はきっぱりと言った。
「でもねラッキー、奇跡は起こるのよ!信じる者の上に奇跡は起こるの。ラッキー、あなたならきっと奇跡を起こせるって、私は信じているわ。」
「さぁお行きなさい、ラッキー!」
私はまだよくわからない事が多くて、ものすごく混乱していた。だけど今、ご主人様がものすごく悲しんでらっしゃるという事に胸が突き動かされた。
「私が行ってご主人様がまた笑顔を取り戻してくださるのならば、私・・行かきゃ!」
ラッキーは立ち上がった。それを見て、エストローナ先生が優しく抱きしめてくれた。先生のいい匂いに包まれて、ラッキーは何だか幸せな気分になった。
「ラッキー、無事にグレートエンジェルになれたら、ご主人様の事はお母様って呼ぶのよ。」
先生の優しい声が頭の中で響いていた。それが先生の最後の言葉だった。気が付くとラッキーは綺麗なラベンダー色のふわふわのドレスを身に纏い、可愛らしくお化粧をされてサンクチュアリロードに立っていた。もちろん傍にイエローバディ先生は居ない・・一人ぼっちだ。下を見ると、もう数少なくなった仲間達がラッキーを見上げて手を振っている。
「あぁ、私もああだったわ・・。」
ラッキーは何だか戻りたくなった。
「ダメよラッキー!しっかりしなさい!」
ラッキーは自分で自分にそう言い聞かせ歩き始めた。
「さぁ、行くわよ!奇跡を信じて!!」
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